〜もしも沖田が医者だったら〜(沖千・現パロ)



ぐらりと視界が揺らぎ、倒れそうになる体を慌てて壁に手を付くことによって防ぐ。恐る恐る手を当てた額は驚くほど熱を持っていた。
「参ったなあ…」
朝から何だか熱っぽいとは確かに思っていたが、ここまでになるとは思っていなかった。夫である沖田を呼ぶことも出来たが、彼は今日は夜勤である為家を空けている。身勝手な我が儘で呼び戻すことなど出来ない。
「どうしよう…」
遣り残している家事はまだ沢山ある。彼が疲れて帰ってきた時には気持ち良く過ごしてもらいたい。その為には今日中に全てを片付けておかねばならない。
少し震えている気だるさの残る体叱咤して持ち上げる。途端にぐらりと揺れる視界を何とかやり過ごして溜まっている洗濯から片付けようと洗面所へ足を向けた。
彼が帰ってくる前に熱が治まればいいのだが。







水音がどこか遠くに聞こえる。自分の手は確かに皿を洗っているのにその感覚がない。もうかれこれ一時間程皿洗いをしている気がした。
しかしこれさえ終われば溜めていた家事もなくなるし、そうすれば帰ってきた沖田に気持ち良く過ごしてもらえるのだ。その感情だけで今の千鶴は動いている。
不意に電話が鳴る。余りに不意の出来事であった為、思わず体がビクリと震えた。
「はい、沖田です」
「…千鶴?」
受話器の向こうから聞こえてきたのは愛しい愛しい彼の声。まだ仕事の時間であるはずだと、掛けてある時計を見つつ朦朧とする意識の中考えた。
「どうしたんですか?まだお仕事中のはずじゃ…」
「それがね、一くんが今度どうしても外せない用事があるっていうから、その日の夜勤と今日の僕の夜勤を変わってあげたんだ。だからもう少ししたら帰るよ」
「そう、ですか…」
嬉しいはずなのに力が入らない。ぐらぐらと視界が揺れる。
「千鶴?」
訝しげな沖田の声。しかしもうそれにすら返事をする力は残っていなかった。
握った手から受話器が落ちる。受話器の向こうから聞こえるひどく狼狽した声を聞きながら千鶴は意識を手放した。







「……る……づる…」
誰かが自分を呼ぶ声がする。重い瞼を開くと、泣き出しそうな瞳とかち合った。
「総司、さん…?」
「千鶴…良かった」
どうして彼が此処に居るのだろう。不思議に思いながら見つめているとその温かい手が優しく髪を撫でた。
「いきなり返事をしなくなるから慌てて帰ってきてみれば、君は倒れてるし、オマケにすごい熱があるし…僕がどれだけ心配したか分かってる?」
良く見るとまだ沖田は白衣のままで、途端に申し訳ない気持ちに襲われた。
「すいません…」
「どうしてもっと早くに僕を呼ばなかったの」
少し怒ったような声音で問われる。
「だって…総司さんはお仕事中でしたし…、私はただの風邪だって分かっていましたから、それよりももっと大変な患者さんを診て頂きたくて…」
ありのままの本音を告げると、沖田はハァと大きく一つ溜め息を吐いた。そうしてそっとその温かい手で千鶴の頬を撫でる。その動作が優しいものだから段々眠気が襲ってきた。
「ねぇ千鶴。医者である僕がこんなこと言っちゃいけないって分かってるけどね、僕は他の患者の命より君の方が何倍も何倍も大切なんだ。だから無理とかして欲しくない…今日は正直、心臓が止まるかと思った。ただの風邪だって君は言うけど、風邪だって怖いんだよ。その辺は理解して」
「…は、い…」
「これから体調が少しでも悪かったらすぐに僕に言うこと。約束出来るね?」
「…約束、します…」
頬を撫でる温かい手のせいで今にも瞼が落ちそうだ。そんな千鶴を見て沖田は一度呆れたように小さく笑って、空いている方の手で千鶴の手を握った。
「ほら、僕が看病してあげるから君はもう寝なよ…ね?」
「はい、ありが…とうございます…」
その言葉に従って静かに瞼を閉じる。握り締められた手に自ら力を込めると強い力が返ってきて、小さく笑みを零した。






090423/有海
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