目を覚ますと辺りは気味の悪い臭いが充満している。パキッと鎖に繋がれた腕が嫌な音を立てた。
本当は知っている。この音の正体も私が何者であるかも。でもね、知らない振りをしていれば大丈夫だと思ったの。知らない振りをしていれば彼は帰ってきてくれると信じていたの。
「たす…け…」
掠れた声が聴こえて振り返る。其処に居たのは…
「……………え?」
人形の成り損ない。異形の姿をした、かつてニンゲンーーーであったもの。
「いっ…いやぁあぁぁあぁ!!」
土方さん土方さん土方さん!!
何度も何度もその名を呼んでも彼はやって来ない。代わりに現れたのは白衣を着た、憎きあの男だった。
「煩いですよ。何を騒いでいるのです。実際貴女も同じでしょうに」
「こんなことをしてっ!!許されると思っているんですか!?あの人はニンゲンです!!どうして、どうして!!」
「許される以前に王様の御命令ですからねぇ…。逆らうわけにはいかないでしょう」
くつくつ笑いながら男は私に手を伸ばす。その手が私に触れそうになったので思わずその手を叩いてしまう。
パキッと音を立て右手の中指がポロリと落ちた。
「………!?」
「あーあ…中指が取れちゃいましたよ。御自分の体は大事にして下さいね、完成体の人形は貴女しかいないんですから」
「……っ!!なんで、どうして…っ!?」
目を固く瞑って世界から逃げる。瞼の裏に浮かんでくるのは土方さんの優しい笑顔ばかり。
此処に来る事を選んだのは他でもない自分だ。後悔も何もないけれど、でも、とても…とても怖い。
床に転がった中指はヒビが入っていて、先の方は粉々に砕け散っていた。いつか私自身もあんな風になって死ぬのだろうかーーー否、もう死んでいるのだから関係ないのか。
此処まで考えて気付く。
私は死んでいない。今こうやって生きている。どんな形であれ私は確かに生きている。だとしたら何故死んでいるなどと考えたのか。何故、何故ーーー…。


わたしはいったいだれ?


「さあちょっと立ってください。嗚呼足にもヒビが入っていますねぇ。修理すれば大丈夫でしょうか……ではこれを」
半ば無理矢理立ち上がらされる。ビキっと足が嫌な音を立てた。渡されたのは黒光りする重い何かだった。
「な、に……」
「まず人を撃つ練習から初めましょうかね。何、大丈夫です。直ぐに慣れますよ。足の修理はその後にしましょう……痛みは感じないそうですから大丈夫でしょう?」
銃を叩き落とそうとするが大きな手がそれを阻む。その手の圧力で掌が軋んだ。
「いやっ…!!嫌です…っ!!離して…っ」
「何を今更。此処に来ることを選んだのは貴女でしょうに。意見は許しますが反抗は許しませんよ…さあ構えて。大丈夫、失敗しても替わりのニンゲンなど沢山いますからね。王に楯突くニンゲンが近頃多くて多くて…」
両手が無理矢理持ち上げられる。吐息が耳に当たって気持ち悪い。
黒光りする銃口の先には見知らぬ男。ガタガタ体が震える。嫌だ離して嫌だ嫌だ嫌だ…。


『千鶴』




「いやぁあぁぁあぁ……………!!…………………………………………………………………………………………………………」







090419/有海
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