研ぎ澄まされた氷の刃のような底無しの闇を湛えた黒い瞳が私を射抜く。男の瞳は確かに私を見ていて、体が小刻みに震え始めてしまう。突き付けられている銃口は紛れもなく沖田さんに向いていた。
「君は、」
その状況に物怖じせず沖田さんは後ろに居る男に問い掛けた。男は口角を上げて残忍に笑う。そうだこの人はあの時もこんな風に笑っていた。
「貴方は初めましてでしょうか。申し遅れました。私は王により遣わされました、軍の者です。この村はいいですねぇ。お喋りが多くて……扱いやすい」
「千鶴ちゃんに何の用があるっていうの。用がないなら帰ってくれる」
「それは無理な相談ですよ。彼女を連れていくのが私の仕事ですからね」
くつくつと肩を小刻みに揺らして男は笑う。そうだ思い出した。この人は土方さんを軍に連れて行こうとしたのだ。でも土方さんは抵抗した。だからーー…。
『付いて来て頂けなければどうなるか、聡い貴方ならお分かりでしょう?』
『さぁな。さっぱりわからねぇよ。俺に教えちゃくれねぇか…軍の狗さんよ』
『貴方の人形さえ渡して下されば命は助けて差し上げても構いませんよ…最高の人形師、土方歳三さん』
『誰がてめぇなんかにアイツの居場所を教えるもんかよ』
『………そうですか、残念です』
響く銃声。飛び散る赤赤赤。声を出してはいけない。気付かれてしまう。土方さん、どうして動かないんですか。どうしてそんなに満足そうなんですか。どうしてどうしてどうして…!!
『千鶴、お前は隠れてろ。絶対に音を立てるな…お前は俺が守るから』



私は全てを箪笥の隙間から見ていた。



銃口は相変わらず沖田さんを向いている。男のほんの気まぐれで沖田さんの命は簡単に奪われてしまうのだ。
でももし私が此処で一言言えば…。
「千鶴ちゃん、馬鹿なこと考えてない?」
沖田さんの凛とした声が私の思考を遮る。はっとして見上げると沖田さんは優しく笑っていた。
「僕は君が好きだよ。君の為に傷付くくらいどうってことない。だから早く、」
「なっ何言ってるんですか…!!沖田さんが傷付くのなんて私、絶対に嫌です!!」
「僕のことはいいから!!早く、千鶴ちゃん!!」
不意にバンっと場違いな音が響く。飛び散る赤赤赤。小さな呻き声。嗚呼あの時と同じ。
「ごちゃごちゃ煩いんですよ。ほら最高傑作の人形さん?貴女が付いて来て下さらなければ貴方の大事な方が傷付きますよ。いいんですか?」
銃口は沖田さんに固定したまま男は更に残忍に笑う。沖田さんの肩口を目に痛い程の赤が染めた。
また私は守ってもらってばかり。何も出来ないくせに。
「ち、千鶴ちゃ…ん、僕のことはいい、から、」
「あ、お、沖田さ…」
バンっ。今度は足と腕が赤く染まる。嫌だ止めて…!!
「どうします?私と一緒においでなさい」
「千鶴…ちゃ…」
大切な人が傷付く位なら私が傷付こう。もう誰にも傷付いてもらいたくないから。




「分かりました。一緒に行きます。だから沖田さんは、」









バタンと扉が閉まる。沖田は爪が食い込む程に強く強く握り締め、そのままダンッと床に叩きつけた。途端に腕を稲妻のような痛みが走り抜けるがそれすらも気にならない。
「……っ、千鶴ちゃん……っ!!」
また自分は大切なものを失ってしまった。例え人間でなくとも本当に、本当に愛していた人を。







090412/有海
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