函館前.土方side


忘れられると思っていた。自分はそこまで弱い人間ではないと思っていた。だから手離した。それなのに。
「……千鶴」
どうしようもなく彼女に逢いたくて堪らない。愛しい愛しいと心が叫んでいる。
気休め程度に目を瞑ってみても思い出すのは優しい笑顔ばかり。いつから一体自分はこんなに弱くなったのか。
「馬鹿みてぇだな…」
自分しかいない部屋では呟きを拾ってくれる人間などいない。あの頃には確かに存在していたのに。

例えば明け方、皆より早く起きてきて甲斐甲斐しく働く彼女を見かけた時。
例えば昼間、自分好みの茶を煎れて持ってきてくれた時。
例えば夜、星が綺麗ですねと言って笑った時。
確かに自分の小さな呟きを聞き漏らさずにいてくれた、春の日溜まりのような存在が在ったのに。
失ってから気付くとは何と愚かなのだろう。でも




でも彼女には幸せになってもらいたかったから。
女々しいただ死に行くだけの自分など忘れて幸せになってもらいたかったから。



だから、これでいい。



この遠い空の下、お前は何処かで笑っているだろうか。




090317/有海
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -