柔らかな花弁に包まれた世界にそっと足を踏み入れる。何だかあの子が笑っていてくれているようで、少しだけ泣きたくなった。本当に、少しだけ。




目覚めた時僕の体はあの馴染みの刀鍛冶の元にあった。沙夜から聞いた話では、白髪で髪の長い女性が運んできたのだという。沖田さんをお願いします、と付け足して。
自暴自棄になっていた僕は最初、あの子が願ったように沙夜と添おうかと思った。姿を隠し名前も変えて生きていこうとすら思った。あの子が望んだように。僕にはそれ位しか出来ないから。それなのに彼女にあの子と違うところを見つける度どうしようもなく苦しくなって。
―――嗚呼結局僕はあの子しか、

そんなある日だった。懐かしい顔が僕の元を訪れたのは。
『千鶴ちゃんの故郷の村で、千鶴ちゃんにそっくりな人を見たっていう人が居るの』
千姫はそう言って悲しそうに笑う。
『色んなことを忘れてるみたいなんだけど』
『行ってみたら?今の貴方、死人みたいよ』




辿り着いたのはこぢんまりとした古びた家。人の住んでいる気配はない。ただ、その周囲にあの子を感じることが出来た。でもこんな形で出逢いたくはない。
本当に誰もいないのか確認しようと扉に手を掛けた、その時だった。
「本当にいなくなっちまったんだなあ」
「綺麗な人だったのになあ。世の中不条理でいけねぇや」
「……ねえ、その話聞かせてくれる?」
飛び込んできた声に僕は振り返る。驚いたように此方を見る農民二人は、戸惑っていたもののゆっくりと話し始めた。
「此方に白髪の女が住んでたんだよ。いっつも笑顔で、誰にでも優しいから俺らの間じゃちょっとした噂でさ」
「そうそう。その癖誰にも靡かねえっていうのがね。何ともいえずこう…」
「分かったから。で?」
「兄ちゃんはせっかちでいけねぇや。……まあそれくらいだよ。高嶺の花だったんだな俺たちにゃ」
「…ふうん。でその人は今何処に居るの」
「死んだよ」
時が止まる。思い出すのは優しい笑顔ばかり。綺麗な思い出だけ残して遠くに行かないでよ。僕は君が幸せであればそれでよかったのに。
「労咳だっけか?胸の病を患ってたみたいでさ。血をいっぱい吐いて死んじまったよ。世の中不公平だよなあ」
「不謹慎かもしんねえが、死に顔も綺麗だったな」
「………本当に不謹慎だね」
僕は今、ちゃんと笑ってる?ねえ千鶴。君のせいで前がよく見えないんだ。
「そういえば、」
農民の一人が思い出したように言う。
「千鶴さんってよく桜の木の下にいただろ。俺、何してるんですかって聞いたことがあるんだ」
「ああそういえば。結局千鶴さんは何してたんだ?」







あの子がよく訪れていたという桜の木の下。柔らかい花弁に包まれて、そこだけが別の世界のようだった。
『お祈りをしてるんです』
こんなときも他人のことばかり。そんな君が大嫌いで、
『誰のことだかよく分からないんです。でもとても、とても大切な人で、』
そんな君がこの世で一番、
『その人が一生笑って幸せに暮らしていますようにって』
一番、どうしようもないくらい、大好きだよ。




そうして僕は桜の下で本来居るはずのない人を見つけた。



「……千鶴?」




090205/有海
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -