あの出会いから暫くして月子は本当に一樹のもとを訪れていた。まさか本当に訪れるとは思わなかった一樹は当初戸惑いに戸惑っていたが、今で一日に一回彼女の姿を見なければ落ち着かなくなってしまった。
「一樹さん!あーそーぼー!」
「んな大きな声出さなくたって聞こえてるよ。今日はなにするんだ?」

「うーんとね、かくれんぼ!」
幼い手を引いて他愛もないやり取りをしながら他愛もない遊びをする。それだけで月子は幸せそうに笑うから、こちらまで幸せな気持ちになる。これ以上踏み込んではいけないことを痛いほど理解しながらも踏み込むことを止められない。どうしてだろう、この小さな手を離したくないと思ってしまうのは。
「一樹さんの目って、きれいですね」
それはひとしきり遊んだ後のことだった。幼馴染に作ってもらったのだという御握りを頬張りながら月子は何でもないことの様にそう言ってのけた。
「いきなりどうしたんだ?」
一樹の目は澄んだ若草色をしている。それは異端の証だ。本来ならば月子の様な澄んだ黒い瞳が一般的なのであると気付いたのは大分前のことだった。他とは違うそう気付いてから逃げる様にこの社にやって来て、其処で同じ異端と呼ばれる存在である翼や颯斗といった存在と出逢った。あの二人と過ごす時間は呼吸がしやすい。なんというか楽なのだ。肩肘を張らなくていいというか、同じ存在であるからだろうか、彼らと同じ世界と共有して同じ痛みを分かち合える。他には何もいらなかった。苦しいだけなら、寂しいだけなら、他には何もいらなかったのです。
「いきなりじゃないです。ずっと思ってました!一樹さんの目、綺麗だなあって。私の目なんか黒いだけで。夜みたい」
「夜が嫌いなのか?」
「嫌いじゃないです。星がいっぱい見えるから!でも…」
「でも?」
「ううん、なんでもないです!」
月子は何でもないように笑って前を向いた。ぶらりぶらり、大きな石の上に座っているために宙で足が揺れる。何んともなしに其れを眺めながら一樹は考えた。夜は嫌いじゃない。でも、とまだ明るいばかりの空を眺める。星は好きだ、でも、月は、好きじゃない。月は、皆を連れて行く。大切な人も思い出も、みんな月に行ってしまった。
「月子は、月の子か?」
「え?漢字ですか?漢字は月の子って書くんです!可愛いでしょ?」
「…ああ、そうだな」
くしゃり、手触りのよい髪を撫でれば擽ったそうに目を細めるこの少女が愛しいと思う。でも同時に怖くなる。月の子という名を冠するこの少女はいつか月に帰らなければならないのではないのかと。一樹は成長しない。だから人間はかぐや姫になるのだ。かぐや姫になってしまったこの少女を引き留める術など生憎一樹は持ち合わせていなかったし、それは翼にも颯斗にも言えることだった。たった一瞬の出逢いの為だけに悠久の時間を生きる、それを何時だったか、やさしい彼女は寂しさと表現した。強ち間違いではない。その絶対的な寂しさには誰も寄り添えない。
「お前は、消えない、か?」
「…一樹さん?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
どうせ離すなら自分から。その方が受ける傷は少ない。大きくあどけなさを残した少女の顔を眺めながら一樹は強気に笑う。何時か訪れる別離の痛みに怯えながら、それでもこの優しい小さな掌だけは失いたくないのだと矛盾した想いを抱えて。



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