汗ばむ体を動かして部室へと向かう。冷たい風が今は心地良い。彼女はもう帰ってしまっただろうか。
扉を開く。目に入ってきたのは、彼女が何をするでもなく窓の外を見上げて佇んでいる姿だった。

「千鶴ちゃん」
その後ろ姿があまりにも寂しくて儚げで今にも消えてしまいそうで、僕は少し柄にもなく焦ってしまった。表情には微塵も出さなかったけれど。
「あ、沖田さん…ってことは、」
「部活終わったよ。千鶴ちゃんは何してるのかな」
「え、あ、部室の掃除をしようと思いまして…」
「その割には進んでないみたいだけど?」
焦りを悟られたくなくて業と意地悪をしてみる。彼女は今もあの頃も、自分の思った通りの反応を返してくれるから楽しい。
視線を逸らす彼女に視線を定めたまま思う。ばつが悪い時視線を逸らすのは彼女の昔からの癖の一つだ。
「えっと、じゃあ私は此処にいてもお邪魔でしょうから、一端外に…」
嘘を吐くのが下手なのもあの頃から変わっていない。顔に出やすいのを彼女は自覚しているのだろうか。
扉の外は今まで僕が居たものと何ら変わりがない筈なのに、何だか奈落の底の闇が充満しているように感じられて僕は彼女を繋ぎ止める。
「千鶴ちゃん、」
「……はい?」
闇の底、そんな所は君には似合わないよ。いつだってその場所は僕の住処で、君が在るべき場所は光が降り注ぐ青空の下だ。
君がそんな場所で微笑んでいる姿が簡単に想像出来て少しだけ泣きたくなった。
「外で待ってて。家まで送っていってあげる」
「だ、大丈夫ですよ。一人で帰れます」
「もう真っ暗で危ないし、変な人に襲われたらどうするの?対処出来る?」
「私を襲うような物好きはいませんよ。それに沖田さんと私の家は反対方向じゃないですか。お疲れになっている沖田さんにそんなことして頂けません」
君を守るだなんて言っておいて僕はいつも君に守ってもらってばかりだった。いつも君に救われてばかりだった。君に何もかも背負わせてしまったのは他でもない僕の弱さのせいなのに、僕は未だに其れを克服出来ずにいる。
「……君は昔から変わらないね。そういうところ」
「え?すいません、よく聞こえなくて。今何て、」
「君は女の子なんだから大人しく僕に守られてればいいんだよ、分かった?分かったなら外で待ってなよ」
否定の言葉を聞きたくなくて逃げ口を塞ぐ。こうすれば彼女が首を横に振らないことはよく分かっていた。
「あの、じゃあ校門の前で待ってます、ね」
扉の外から入ってくる風は冷たくて、まだ乾ききらない汗には心地良い。でも何故だかその冷たさが痛かった。

愛しているよ誰よりも。口に出来ないだけでいつも想っているよ。だからどうか。
どうか、



090130/有海
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