※一月で妖怪パロディっぽいもの
一部一樹×女性(not月子)表現と取れるものがります。




月に帰ってしまうあの子を引き留められれば良かったのになあ、とか。
「なあぬいぬい、かぐや姫って話、知ってるか?」
そう尋ねてきたのは同じ社に住む翼だった。桔梗色の髪がさらりと風に揺れる。かぐや姫、昔聞いたことがある、とても寂しい話だ。
「ああ、知ってるよ」
「ぬぬぬ!流石ぬいぬい!」
かぐや姫、誰だったか、今となっては遠い昔に聞かせてもらった。竹の中から生まれた輝くばかりに美しい少女が成長して月に帰ってしまう、という話だ。帝の求婚すら断って月に帰ってしまったあの子は一体どんな気持ちだったのだろう。一樹には分からないし分かりたくもないとも思う。「寂しくないよ、貴方が覚えていてくれるなら」そう言って笑ったのは誰だったか、その笑顔だけが今も忘れられない。
「誰かいるよ、誰かいる。人間だ」
ざわりざわり、風の囁きに乗せられてそんな声が届く。場所は、と小さく問い返すと竹林、という声が素早く帰ってきた。竹林と言えば少し道が入り組んでいて分かりにくい場所にある。確かに一旦は入れば抜け出しにくいのかもしれないとどこか他人事のように考える。そういえば彼女が生まれたのも竹林の中だった。入り組んだ竹林の中を風の囁きだけを頼りに奥へ奥へと進んでいく。竹の一本一本に触れる度に爽やかな冷たさが広がってくる。脳裏に微かに蘇ったのは遠い記憶の中の彼女もこんな風に冷たい掌をしていたということだけ。
ひくり、ひくり、嗚咽を零す微かな声が耳に届く。何とかして助けてやりたくて足を速めた。待っていろ、今助けてやるから。
「おい、大丈夫か」
少しだけ開けた場所、それでも周囲は竹で囲まれている場所で小さく嗚咽を上げていたのは亜麻色の美しい髪を持った年端もいかない、あどけなさを大きく残した少女だった。その光を内包した様な姿は神の絶対性にとてもよく似ている。そして遠い記憶の中の彼女にも。
「ひっく、おにいちゃん、だあ、れ?」
「俺は一樹だ。此処に住んでる。お前を助けに来た。お前は?」
「ひっく、ひっく…、わたし、つきこ。ひとりで、まよっちゃって、うぅ…」
「あー、分かった分かった。俺がちゃんと外まで連れて行ってやるから。ほら泣きやめ」
そう言ってはみても彼女の円らな瞳から溢れだす涙は止まらない。どうすればいいのだろう、良く分からなくて途方に暮れていると目に入ってきたのは凛と咲く百合の花だった。もう泣きやんでくれさえすれば何でもいい、そう思って百合に花を手折って渡す。月子はその行為が良く分からなかったのだろう、きょとんとして一樹を見つめた。気付けば涙は止まっている。
「これ、やる。だからもう泣くな。よく頑張ったな」
「うん、うん…ありがとお、かずきさん…」
握り締めた小さい掌は温かい。忘れてしまっていた温もりを思い出させてくれそうなそれを何時までも握っていたい衝動に駆られるが、そんなこと果たして許される筈もなかった。一樹は人間ではない。この社に住む所謂妖怪と言われる存在の類いだ。そして月子は紛れもなく人間の少女だった。この握り締めた掌の温かさが其れを教えてくれる。早いところ離れてしまわなければ取り返しの付かないことになる。脳がそう警告を寄越す。分かっている、分かっているのにこの温もりが離せないのはどうしてなんだろう。ありがとう、そういって涙を浮かべた目で心底嬉しそうに笑った少女の影が消えてくれない。
「此処までくれば大丈夫だ。ほら、此処を真っすぐ行けば帰れるだろ?」
気付けば社の外に出ていた。遠くで月子の名を呼ぶ声もする。きっと月子を心配する誰かが探しに来たんだろう、ほらやっぱり彼女は此方側の存在じゃない。もう関わってはいけないのだ。離れられるうちに離れてしまわなければきっと後悔する。
そんな取りとめもないことを月子は感じ取ったのだろうか、名前を呼ぶ声に反応しながらもしっかりと一樹の掌を握り締めたまま言った。
「あのね、またあそびにきても、いい?」
「…は?」
「ねえ、だめ、かなあ?」
「…分かった。待ってる」
その言葉を聞くとぱあっと花が開く様な笑顔を見せて月子は笑って、約束だよ、約束だからね!と飛び跳ねる。その純粋な幼さが一樹には眩しくて…そして恋焦がれてしまうほどに羨ましかった。しまったと思う頃にはもう、月子の笑顔が脳裏に焼き付いている。
またね、その言葉の伝え方を忘れてしまったのはいつだろう。そう考えたのは月子の姿が見えなくなってからだった。






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