雪村千鶴ちゃんは僕の一つ下で、所属する剣道部のマネージャーだ。
誰に対しても優しくて片思いの贔屓目からみてもとても可愛い。本人は気付いていないんだろうけれど、男子たちからの人気も割と高い。
「お疲れ様です、沖田さん」
「千鶴ちゃんもお疲れ様」
手渡されたタオルを受け取って僕は笑う。前までは余り乗り気ではなかった部活も今は一日の中で一番至福な時間だ。千鶴ちゃんに何の隔たりもなく逢えるから。
「マネージャーも大変だね。大会が近いからってこんなに遅くまで僕たちに付き合わなくちゃならないなんて、さ」
少しだけ意地悪をしてみる。彼女が何て答えるのかは分かっていたけど。
「いえ、全然平気です」
ほら。君は優しい。
その優しさは僕だけに向けられたものではない。そんなの分かっている。でも彼女の優しさが一握りでも僕に向けられていると思うと、言いようもなく幸せになるのだ。あの頃と変わらずに。
「嫌だったら帰っちゃってもいいんだよ」
「嫌じゃないです。だって皆さんの頑張っておられる姿、私とても好きですから」
そんな台詞を聞いた途端に僕を醜い感情が支配する。みんなを好きなんじゃなくて、僕を好きになってよ。僕は約束通りまた君がどうしようもなく好きなんだから。
君は知らないんだろうけど。今もあの頃も。
「………そっか」
千鶴ちゃんの小さな頭を撫でる。僕とは違った真っ直ぐな髪が指を通り抜けていった。
僕が頭を撫でると千鶴ちゃんはいつも気持ち良さそうに目を閉じるから、僕はいつもあの頃を思い出す。まだ僕が本当の幸せを知らなかった未熟だったあの頃。

「おい総司!!いつまで休んでるんだよ!!」
剣道場に声が響く。名残惜しげに僕は千鶴ちゃんの頭から手を退かした。邪魔をした奴は後で遊んであげようと思いながら。
やんなっちゃうよね、みんな君が好きなんてさ。
後半部分だけは心の中でそっと呟く。
「サボってるわけじゃないんだけどな」
同意を求めるように問い掛ける。彼女は小さく笑った。
「嗚呼ほら呼んでおられますよ、沖田さん」
「はいはい、」
引き留めて貰いたかった。彼女がそんなことをするはずがないとはよく知っていても欲だけが先走る。
振り返ると彼女は足早に剣道場を出て行く所だった。少しでも自らの傍に彼女を留めておきたくて、僕は小さな後ろ姿に声を掛ける。
「千鶴ちゃん!!」
「はい?」
勢いのままこの想いを告げてしまえたらどんなにいいだろう。でもそのせいで彼女が自分の傍がら居なくなってしまうのはどうしても耐えられないから、結局何時まで経っても現状は変わらずにいる。
「…………、沙夜が来てたらさ、先帰ってって言っといてよ」
僕を卑怯者だと嘲笑う声がする。本当に呼びたい名はその名ではないのに。
「はい、分かりました」
でも。君が笑ってくれているから。卑怯者だと嘲笑われていても、いいかなあ。


090129/有海
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