あの桜の木はあの頃と寸分違わぬ姿で其処に存在していた。
周りの桜より少し早咲きであった桜は今もまた早咲きであるのか、薄紅色の柔らかい花弁をその身に纏っている。そっと幹に触れるとあの頃が蘇ってくるようで、私はゆっくり目を閉じた。
千鶴ちゃん、と彼が私の名を呼ぶ。それだけで私の何の変哲もない名前が、この世で一番意味のある素敵なものに思えてしまう。
桜が舞う空の下、私が最後に見た彼は悲しそうな笑顔だった。だから次彼が迎えに来てくれるときは意地悪そうな、でも優しいあの笑顔がいい。
初めは怖くて仕方がなかった。笑っているのに笑っていない、そんな笑顔がとてもとても怖かった。そんなことを小さく平助に言ってみたら彼は随分と驚いた顔をしていた気がする。何でだったのかは忘れてしまったけれど。
時々、彼とその周りにいた優しい人たちのことも思い出す。そして同時に願うのだ。
近藤さんが幸せに暮らしていますように。土方さんが眉間に皺を寄せていませんように。原田さんが温かい家庭を築いていますように。平助が元気に暮らしていますように。斎藤さんがゆっくり休めていますように。永倉さんが幸せになっていますように。
そして、
沖田さんが末永く幸せに笑って暮らしていますように。
願わくばその隣に
居るのが私でありますように、と。

一陣の強い風が吹く。その風に紛れて聞こえた声に私は振り向いた。


『「千鶴ちゃん」』

桜が舞い散る空の下。貴方と永遠の約束を一つ。
「遅くなってごめん…やっと約束を果たせるよ」
私が望んだあの優しい笑顔で彼は笑う。
「迎えにきた……ほら、おいで」
伸ばされた腕に強く抱き寄せられる。彼の笑顔が滲むのは私の頬を伝うもののせいではない。彼の笑顔が滲むのは決して。
変わらないね、泣き虫なところも。
彼の呟きに私は応えた。
「誰のせいだと思ってるんですか…!!」
私を抱き締める腕の力が痛いほど強くなる。それすら愛おしい。
「…うん、ごめんね。でも、これからはずっと一緒だよ」
彼を見上げると、細い指が私の涙を拭い、そのまま唇をゆっくりとなぞる。私は小さく笑って目を閉じた。





ーーーやっと逢えたね。



090127/有海
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