「千鶴ちゃん」
不意に後ろから掛けられた声に私は驚いて振り返る。丁度今まで考えていた彼の、それも優しい笑顔が目に飛び込んできた。
「あ、沖田さん…ってことは、」
「部活終わったよ。千鶴ちゃんは何してるのかな」
「え、あ、部室の掃除をしようと思いまして…」
「その割には進んでないみたいだけど?」
痛いところを突かれてしまう。まさか貴方の事を考えていたなどと言えるわけもなく、ただ視線を彼から外すことしか出来なかった。
「えっと、じゃあ私は此処にいてもお邪魔でしょうから、一端外に…」
我ながら下手な話の逸らし方ではあると思う。でも彼は何も言わなかった。いつもならばここぞとばかりにからかってくるはずなのに。
何だか少し寂しくなったが、彼の気が変わらないうちに外に出ようと部室の扉に手を掛ける。冷たさがじんわりと広がった。
「千鶴ちゃん、」
「……はい?」
ゆっくり振り返る。彼はどこか泣きそうな表情を浮かべて私を見ていた。そんな表情を見たのは初めてで、一瞬どうしたらよいのか分からなくなる。
「外で待ってて。家まで送っていってあげる」
「だ、大丈夫ですよ。一人で帰れます」
「もう真っ暗で危ないし、変な人に襲われたらどうするの?対処出来る?」
「私を襲うような物好きはいませんよ。それに沖田さんと私の家は反対方向じゃないですか。お疲れになっている沖田さんにそんなことして頂けません」
本当は一緒に帰りたかった。でも彼と帰り道は真逆であるし、何より彼は長時間の部活で疲れている。対して私は大した仕事もせずいたから全く疲れていない。だからそんなことさせられない。
彼は困ったように笑う。その笑顔も見慣れないものだったから少しだけ不安になった。
「……君は昔から変わらないね。そういうところ」
「え?すいません、よく聞こえなくて。今何て、」
「君は女の子なんだから大人しく僕に守られてればいいんだよ、分かった?分かったなら外で待ってなよ」
矢継ぎ早に浴びせられる言葉にまともな返事も出来ないまま、取り敢えず肯定を示すように頷く。もう彼にそんな顔をして欲しくなかった。
「あの、じゃあ校門の前で待ってます、ね」
吹き込んだ風はやっぱり少しばかり冷たくて、何故だが先程彼女から問い掛けられた、今彼女たちの間で流行っているという質問が頭を掠めた。


「世界中が敵になったら、か……」



090126/有海
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