沖田総司という、一つ年上の先輩は私の所属する剣道部のエース。
顔立ちもよく誰に対しても優しくて、特に女子からの人気がとても高い。そして私の、
私の叶わない片思いの相手。

「お疲れ様です、沖田さん」
「千鶴ちゃんもお疲れ様」
そっとタオルを手渡すと彼は優しく笑う。その笑顔が私はとても、とても好きだ。
「マネージャーも大変だね。大会が近いからってこんなに遅くまで僕たちに付き合わなくちゃならないなんて、さ」
「いえ、全然平気です」
この様な時、マネージャーという立場は便利だと思う。何の気兼ねもなく彼の傍にいることが出来る。例え其れが永遠に縮まらない距離であったとしても、私は其れだけで満足なのだ。
あの頃、彼の心に触れることが僅かでも出来たあの頃よりは遠い距離だったとしても。
「嫌だったら帰っちゃってもいいんだよ」
「嫌じゃないです。だって皆さんの頑張っておられる姿、私とても好きですから」
少しだけこの想いを彼に渡す。気付かれない程度、ほんの少しだけ。
「………そっか」
彼の大きな手が私の頭を撫でる。その行為が私は好きで、まるであの頃みたいで、私の想いが叶うようで、彼があの約束を思い出してくれたようで、でもそんなことは有り得なくて、何だか酷く泣きたくなった。
「おい総司!!いつまで休んでるんだよ!!」
剣道場に声が響く。彼は私の頭に乗せていた手をそっとどけると、やんなっちゃうよねと呟いた。
「サボってるわけじゃないんだけどな」
同意を求める声に少しだけ笑ってから彼を促す。あの頃と変わらない部分に安堵しながら。
「嗚呼ほら呼んでおられますよ、沖田さん」
「はいはい、」
拗ねるような口調に苦笑して、自分も本来の仕事に戻る。部室の片付けがまだ途中であったことを思い出して、部室に急ごうと足を早めようとした。
と、
「千鶴ちゃん!!」
「はい?」
「…………、沙夜が来てたらさ、先帰ってって言っといてよ」
彼の口からその名前を聴くのは正直とても嫌だった。あの頃も今も。
でもその優しい名前は彼の大切なものだったから、私は精一杯の笑顔を作って答える。あの頃も今も変わらずに。
「はい、分かりました」
そうすれば少なくとも彼は私に優しく笑ってくれる。そんな風に考える私は何て浅ましいのだろうか。




090125/有海
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