忍者な黄瀬と弱視な黒子♀パラレル


生い茂る木々を横目に黄瀬は人知れず溜息を吐いた。自分は今、主人の命令で主人の甥に当たる人間の伴侶となる人物の様子を見に来ている。正直なところ甥の伴侶が誰であろうと黄瀬には全く関係ないのだが、主人の命令は絶対である。無視するわけにもいかない。それが仕事だ。
(それにしても、)
黄瀬が領内に入ったというのに人の気配が全くない。見えるのは粗末と言っても差し支えない程度に荒れた小さな館だ。あそこに主人の甥の伴侶となる人間が本当に生活しているのか。周囲の状況を鑑みても甚だ疑問である。
黄瀬は自分が戦国一の忍びであると自負している。故に他の人間、言うなれば護衛の人間が出て来ないというのは、黄瀬の力量を持ってすれば仕方のないことなのかもしれない。しかし、幾ら黄瀬がわざと音を立てようとも人っ子一人出て来ないのだ。まるで住まう人間を含めたこの館全てどうなっても構わない、という体である。
いや、もしかしたら本当にどうなっても構わないのかもしれない。領主が今の今までいないものとして扱ってきた姫君だ。長女だからという理由で一番に名前が上がっただけで。
どうにかしてこの婚姻を破談に出来ないものか、と頭の隅で考えながら同時に主人を含めたあの血族はこの様な状態を見たら破談にするどころか積極的に保護しようと考えるだろう、と強ち間違いだとも言い切れない事実に溜息をもう一度吐いて、黄瀬は今度こそ木から軽やかに空中へと身を踊らせた。

◇◆◇

屋根裏を這うように移動しつつ隙間から覗き見た屋敷の中は外見よりは整理整頓されている印象を受ける。けれど荒れている、という印象は拭えない。荒れている部屋は悉く人が使用した形跡がなかったので、恐らく使用しない部屋は放置しているのだろう。単に人手が足りないのかそれとも館の主がずぼらなだけなのか、判断はつきかねた。
(さて、問題の姫さまは…っと…)
行けども行けども荒れた部屋ばかりが続く。一向に件の姫が使用しているであろう部屋に辿り着けない。もしかしてもうこの屋敷の何処にもいないのではないのか、そんな考えすら頭を過ぎる頃。
ふわり、と黄瀬の敏感な鼻を微かな香りが擽った。これは、桔梗だろうか。
音を立てないように、けれども素早く視線を下へと走らせる。そこに広がっていたのは目を疑う光景だった。
部屋の畳を占領するかの勢いで多種多様の花が咲き乱れている。先程の香りは此処から漂ってきたのだろう、様々な花に紛れて桔梗の花も確かに咲いている。
(こ、れは、一体)
その部屋はほぼ花々で埋められているといっても過言ではなかった。足の踏み場すらない程の膨大な花。辛うじて人が通れる程度の幅も残されているといえば残されてはいるが、それにしたってこの量は異常だ。異常だと言わざるを得ない。
こんな場所に人が住めるものか。
胸のうちに芽生えた微かな怖気を振り切るように黄瀬は花から視線を逸らした。まさかこんな場所に姫はいないだろう。
――しかし、その希望はあっさりと打ち砕かれることになる。
花から見て上座の位置にやや広め、人が一人なら十分に寛げる空間が用意されていた。用意されているだけならまだ良い、そこには間違いなくこの部屋の主であろう女が静かに鎮座していたのである。長く目を引く空色の髪を結びもせず流し、抑えた色の着物を身に纏った女は思わずハッとするほどに美しい。
(あれが姫さま?)
姫と思し気女は花を見つめて微動だにしない。時折外から吹き込む風が髪を揺らす以外はなんの動きもない。まるで人形みたいだ、と黄瀬は思った。



暫く観察を続けていたが女は一向に動く気配はない。これ以上観察を続けても芳しい結果は得られないと判断した黄瀬は、取り敢えず一旦屋敷から出ようとそろそろと体を動かした。ともすれば異常と取れるこの光景を一体どのように表現しようかと、頭を悩ませながら。
――その時だった。
思いもしない声が鼓膜を揺らしたのだ。
「おや、もうお帰りですか?」
(……ッ!?)
「きみが降りてきてくれるのを待っていたのに、全然降りてきてくれないから思わず声を掛けてしまいました」
慌てて視線を女に戻す。確かに唇が動いているから、話しているのは女で間違いない。
しかし黄瀬には分からない。一体どうして自分の存在がばれてたのか。気配を殺すには最新の注意を払ったはずなのに。
黄瀬の葛藤を余所に女は楽しそうに続けた。視線は相変わらず花に固定したまま。
「本当に久しぶりの来客ですからボクも嬉しいです。降りてきてください。近付いてもらわないと、ボクはきみの顔も分からない」


ほらほら、おはなししましょう?





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