「彼女欲しい」

そんな常套句を呟きながら、紙煙草の吸い口をつけた。白い煙が先端からたつ。谷原からもらった煙草は少し俺のより軽い。足りねえなあと思いながらも宮村に一箱丸々捨てられたから仕方がない。口が寂しい。手持ち無沙汰感が否めない。

「進藤さ、よく彼女欲しいとか言うけど実際あっという間に彼女出来ることって少ないだろ」
「ん?んー、まあねえ。出会ってすぐに告白やらしない限りないわな」

谷原の言うような、そんな衝動的なのが欲しいわけじゃあない。ただ…なんかが足りないって思う。やっぱ俺が持ってないものって言ったら彼女かな、と。まあそう安直に考えたわけだ。例えば彼女が出来てそれでもこの物足りなさが払拭できないって言うなら、それはもうただの欲求不満だな。うん。肺に溜まった煙を吐き出すと、一瞬の内に消えてしまった。もっと重いやつが欲しいな。

「進藤モテんだろうな」

谷原は煙草を地面に落としてスニーカーでグリグリと踏みつけた。紙と灰の残骸がアスファルトに張り付いた。



***



「何してるの?」

ばれた、と身を強張らせたがそこに居たのは体操服を着た女生徒だった。しかも不思議そうに上から覗くその顔にはなんとなく見覚えがあった。現三年だろう。

「…サボりだよ。そっちは?」
「怪我しちゃって」

校舎脇の水道裏は丁度職員室や事務室から死角にもなる上に授業中の使用頻度が極端に少ないから穴場だ。地理の授業で爆睡して先生を怒らせるくらいなら、いっそのこと仮病使ってサボればいいという魂胆だったわけだ。ほぼ同時に蛇口を捻る音と水が地面に叩きつけられる音が耳を通過した。
…三年は今、ハードル走とかやってたかな。あれは足引っ掛けると痛いわ。ピチピチと水の跳ねる音。

「煙草吸ってるのかと思った。シガレットチョコ好きなの?」
「…気休めに決まってんじゃん」
「だろうね」

水の跳ねる音に混じって透明な笑い声が聞こえた。何をそんな愉快そうに。

「勉強さ、二回も同じことして飽きない?」

よく喋るな。

「そりゃあね。でももうやっちゃったことはね」
「割り切ってるんだね」

流しっぱだった水は何時の間にか止まっていた。視線をあげるとさっきと同じようにこちらを見下ろしている。にこりと軽く微笑んだ。

「また留年ならないようにね、進藤君」

一面に広がる空と俺との間にあった顔が消えてなくなる。スニーカーが地面と擦れる音が徐々に遠ざかっていく。立ち上がってその姿を見届けているとふいに彼女は振り返って手を振った。振り返しはしなかった。その代わり、ゼッケンの名前を目に焼きつけてやった。



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