名前が見せる、テストの結果に一喜一憂するその顔は相変わらず見ていて飽きる事がない。困ったように寄せられる細い眉も、姉ちゃんに薄くはにかみながら良かった点数を報告する姿も、点数を自慢すると膨れる赤い頬も。他の男子は大抵いつも名前を無愛想で感情の乏しいつまらない奴だと称するけれど、果たしてそれが合っているとは俺は思わない。うっすら感じる、幼馴染みの特権だと自負している。だからこそ男子に同意こそすれ、否定した後に自分のみが知る名前の表情の変化を言及する事はない。…いっくん達は普段笑顔ぐらいなら、見飽きているかもしれないけれど。

「名前」

「何?珍しいね、そーたが話しかけてくるの」

「放課後スタバ奢るから一緒帰らない?」

「…ん、んー。そうだなあ」

 珍しく歯切れの悪い声に「なんか用事あるならいいけど」なんて先手を打つ。本当はいっくんと姉ちゃんが呼んで欲しいとか理由もなく俺に責任を押し付けてきたからその寄り道序でにスタバに誘ったようなものだ。暑苦しそうにあげられた前髪に触れて言いにくそうに口を開く名前の視線はどこか他人行儀というか、斜め下を見つめたまま帰ってこない。心配が違和感を上回ったのはその時の事だ。

 あ、笑った。いつもなら笑うこともしないのに。別に隠そうとしたって、掘り起こす気は毛頭ないと言うのに。その日はよそよそしいと言う言葉が似合う名前を置いてひとり、意味もなくスタバに寄って帰った。



 名前の付き合いが悪くなったのは、それからのこと。

「創太」

「なに?」

「今日も名前ちゃん来てないの?」

「…………」

 勉強で、いそがしいんだって。空々しい声に姉ちゃんは興味を失ったようにあっそう、と意識をそらす。本当の理由はそうじゃないし、そもそも聞いていないから知る由もない。言い様のないもやついた感情を抱えている。

「しばらく一緒にかえれない、から」

「そう、」

「ひとりでも帰れるでしょう?子供じゃあるまいし、ねー」

「まあね」

「…ん、そんじゃあね。」

「おー」

 別にひとりの道のりが嫌いなわけではないけれど。今までふたりで歩くのが当たり前だった毎日に差し込む空虚がなんだか物悲しくて、思わず誰もいない帰り道の中口をつぐむ。

 ふと、帰り道の途中で思い出したように踵を返した。ともすれば思い出さなくてもいいような、ほんの些細な忘れ物。宿題のノートを忘れたことを思い出して、提出はどうせ明後日なのに気がかりになって走り出す。言い訳がましい戻り方と知っていて、尚も振り返らず。いつもの教室まで、ローファーを投げながら上がっていった。

 顔にも出さずに受かれていたのは自分だ。毎日鞄に入れて自慢しようと思っていた96点のテスト用紙。幼馴染みの少女が一番喜んだような笑顔の一瞬が見られるその時のために隠していた薄っぺらな紙に、赤く刻まれた優良のレッテル。一緒に帰る時いつも触れる二人の間の静寂に、まるで邪魔をするように差し出したかった話題の種。

「―テスト、良い点取れたよ。」

 くすぐったそうにはにかむその視線の先は、俺が知らない別の男。やさしく笑って負けたなって、俺までかゆくなってしまいそうな甘苦しい声に対し喉を引っ掻いた。

「………、」

 缶で作った不安定なタワーのように一瞬で崩れ落ちた紙の価値を、せめて清掃員のおばちゃんの仕事を増やしてやるということでちょっとだけ付け足してやる。皺だらけになったからだにきっと、おばちゃんは仲間意識の欠片も持たずに捨てていくことだろう。

「名前」

 答える声は、なく。



くしゃくしゃに丸めて捨てた

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テーマ「人外ファンタジー」
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