50000 | ナノ



  口に魔法をかけられたんです。


「おはよー、夢」
『ん、おはよ』

自分の席へ行くと隣の子が挨拶をしてきたので応えて席につく。
と、古び…いい直します、侘寂を感じさせる秀徳高校の扉がガラガラッと開いた。

「あっぶね!セーフ?なあセーフ?」
「セーフだよ!つかうるせー!」

毎度の如く遅刻ギリギリに教室に飛び込んでくるのは我がクラスのムードメーカー的存在の高尾くんだ。
自分の席に着くルートを通るだけでおはようと皆に声をかけられるぐらいには人気者だ。
だけども、

『おはよう、高尾くん』
「あ、…はよ」

私も皆にならってそう言うのだけれど高尾くんの応える声はそっけなく、そしてすぐにそっぽを向いてしまう。
いつから、と言われれば一ヶ月くらい前から。いい加減心が折れそうなのだけれど。
高尾くんに嫌われちゃったかな、そう呟くものの思い当たる節はなかった。


あああああああ…!!!またやっちゃった
あああああ!!!
頭を抱えて机に突っ伏すのは、どうもコミュ充で有名の高尾和成でっす。
だがコミュ充でも苦手な、もとい意識し過ぎてしまう相手は居るもので。

五条さんめっちゃ眉下がってたああああんんん!!

この後悔を一体何回やったことだろうか。
いつもいや次こそは、今日こそはと臨むものの五条さんの顔を見てしまえばそんな決意はどこへやら。そっけない挨拶をしてしまい顔も恥ずかしくて逸らしてしまうのだ。

つまるところ、俺は世間で言うツンデレらしい。好きな子限定で!
今はクラスが離れてしまったエース様を頭に思い浮かべる。今まで散々からかっててゴメンネ真ちゃん!

『高尾くんに嫌われちゃったかな…』

そう呟く声が聞こえたけれどそうじゃねえんだよ!と俺は叫びたくて仕方なかった。

しかしそんな俺にチャンスが訪れる。
放課後、担任に俺と五条さんが指名されて雑用係を押し付けられた。

『(高尾くん私のこと嫌いなんだよね…。何か話した方が良いかな…)』
「(やっべえ心臓うるせえ!うおおお唸れ俺のコミュ力!)」
『あの、』
「うああはい?!」

唸りませんでした。唸ったのは圧倒的コミュ障でした。
ごめん忘れて、顔をおさえてそう頼む俺に五条さんが吹き出した。

『ふっ、ははっ!ごめ、無理…!』
「ちょっ…くそっ、もう…あー…さっさと作業やろうぜ」
『うん』

その返事にも笑いは含まれている気がするのは俺の気のせいでしょうか。


『…あ、』

終わった資料を持っていった帰りに通った廊下の掲示板に夏祭りのチラシが貼ってあった。

『もうすぐ夏祭りだね』
「…誰かと行くの(彼氏いんのかな…)」
『今年は友達みんな彼氏持ちになっちゃったから。行きたいけど…一人で行くのも虚しいし不参加かな。高尾くんは?』
「別に、五条さんには関係ねーよ」

この数十分の間に仲良くなれたかも、なんて錯覚していたのかもしれない。
そうだよねごめん、と謝りながら泣きそうになってしまった。

「っ、あ、いや…その、…五条さん俺と行かない?」
『へっ…』
「べ、…別に五条さんが行きたくないなら俺は関係ねーけど!でもなんか行きたそーだし俺が一緒に行ってあげるって言ってんの!」

顔を真っ赤にさせて怒る高尾くん。なぜか私は怒らせてしまったらしい。なにゆえ…。
高尾くんの怒るところは分からない。
結局勢いに負けて私は首を縦に振ってしまった。

「っ、じゃあ今度待ち合わせとかメールするからアドレス教えて」

………高尾くんは私のこと嫌いなんだろうか。よく分からなくなってきたが混乱している頭では何も考えない方がいいというのが私の考えである。
そのまま私は携帯を取り出してアドレスを交換した。


『…』

歩くたびにカラン、と下駄が音をたてる。
お母さんに誰と行くのか、と問われクラスの男の子と答えたらこんなことになっていた。
なにを張り切ってるんだ、お母さん。

待ち合わせの鳥居まで行くと高尾くんが時計を見て待っていた。…もしかして私、遅刻した?

『高尾くん』
「うわっ?!」

普通に話しかけただけだというのに何だってこんな驚かれているのだろうか。
高尾くんは目を白黒させて私を見ている。

「(浴衣かよ!どうりで見つかんねーわけだわ!あああああ可愛い…!)」
『え、あ…ごめん遅刻したかな』
「い、いや別に。俺が早く来ただけだし…べ、別に楽しみで早く来たわけじゃねーから!」
『う、うん』

そう叫ぶ高尾くんの頬は赤くなっていて、暑いのかななんて思った。


「…下駄、痛くねーの?」

出店を冷やかしながらふとそう問いかけられた。
一歩後ろを歩く私を振り返り足元を見つめる高尾くん。

『ん?今は大丈夫』
「…痛くなったら言えよな」
『うん…』

今日の高尾くんはなんだか高尾くんじゃないみたいだ。
ちょっと優しい。
高尾くんは、私のことが嫌いじゃないのかな、なんて思いさえ湧いてくる。
この機会に一度、聞いてみるのも良いかもしれない。
高尾くん、と顔をあげると前にあった背中が消えていた。

『あ、あれ?』

くるりと周りを見渡してみるもののどこにも見当たらない。
もしかして迷子?………もしかしなくても迷子である。
携帯は当然のように圏外。こうされると連絡手段はなくて。

『ど、どうしよう…』

探す?いやでもこういうときってその場から動かない方が良いんじゃなかったっけ。いやだけど高尾くんも動いてなかったら意味が無い。
こんなとき高尾くんが緑間くんだったらいいのにと思ってしまった。
あの高身長と目立つ緑頭では見失うことが難しい。だけれどそんなこと考えていたってしょうがない。
どうしよう、と頭で何度も繰り返していると後ろから手をぎゅっと掴まれた。

「ちょろちょろすんなよ…」
『う、え、あ…高尾くん…!』

こっち、と強引に引っ張られて連れてこられたのは森のなかにひっそりと佇む神社で。
階段に座らせられる。

「マジびびったんだけど…」
『う…ごめんなさい…』
「…別に。元からここ来るつもりだったし」

どういう意味だろう、と考えた瞬間に答えがうち上がった。
豪快な音をさせて空で散る花火。
森のなかにぽっかりと空いた空間からはそれがよく見えた。

『うわああ…!』
「よく見えるだろ」

隠れスポットだから、とにやりと笑う高尾くん。

『あ、今日初めて笑った』
「え」
『…高尾くんは私のこと、嫌いなんだと思ってた。だけど今日は違うのかなって思った。…どっちがほんとの高尾くん?』

私が高尾くんを見つめると灰色がかった青色の瞳が揺れる。

「お、れは」


今言うしかないだろう。いつ言うか?今でしょ!と少し前に流行った台詞が頭で繰り返された。

「…五条さんのこと、嫌い、じゃねーよ」
『そ、っか』

違う!いや違わないけど違えよ!!!
俺の口が勝手に動きやがってひどい。

「っ、むしろ、嫌いじゃねーっつか、うあ」
『………』
「っ〜…嫌いな相手と祭りなんかくるわけねーだろ!鈍感かバーカ!!」

最後の最後までツンデレかよ!と頭を抱えずにはいられなかった。


2013.10.30 望

 




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