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  朝顔の憂鬱


「もうすぐ夏祭りだな」

不意に一樹先輩が呟いた。
顔を上げればニッと口元を吊り上げた一樹先輩に「行くか?」と問いかけられる。
いかない、わけがない。

『行きたいです!』
「よし、んじゃ浴衣着てこいよ」

楽しみにしてるからな、そう言われて新しい浴衣を買おうと決めたのだ。


『…』

だのに、なんで私は一人でここに居るのだろうか。
答えはぱかぱかと開けて閉めてを繰り返している携帯の中にあった。

“悪い、遅れる" "すまん、もうちょっと“

二、三通きたあたりで諦めは少しついていた。
一樹先輩は言わずもがな多忙である。特に生徒会の仕事とか、彼を待ちわびる書類がたくさんだ。
だから、うん、残念とか思ってはなくて。

ふう、と小さくため息をついてベンチに座った私の前をいろんな人が通り抜ける。
親子連れだったり、友達どおしで来た中学生だったり、…仲良さげに手をつなぐカップルだったり。

ほんとだったら私もこんなふうに、考えてはいけないことを考え出してしまって頭を振った。
いけない、ダメだ。何を思おうとしてるの私。
地面に目を落とした私の前にべしゃりと突然、小さい子が転んだ。

近寄るのと、その子(どうやら男の子らしい)が立ち上がるのが同時でかがんだ私にひどく驚いていた。

『大丈夫?』
「うっ…んぐ、」

男の子は目を潤ませたが、ぐっと奥歯を噛み締めて耐えた。おお、えらい。

『名前は?お母さんとか、お父さんは?』
「…裕翔。ママと、はぐれた…」
『そっか…。じゃあ一緒に捜そう?私も一緒に捜すよ』

立ち上がった私に裕翔君は「ほんと…?」と上目遣いで見てきた。

『うん、裕翔君はどっちから来たのかな。どこでお母さんとはぐれたか、覚えてる?』

拙い言葉で私の質問に答える言葉を繋いで、裕翔君の親を探すべく歩き出した。


そしてはぐれたらしい地点に行くときょろきょろと辺りを探す20代くらいの女の人が。
まさか、と思っていると抱き上げていた裕翔君が「ママ!!」と叫んだ。
その声にはっとした女性がこちらに駆けてくる。

「裕翔!どこ行ってたの!」
「ごめんなさいいい…」

母親に会ったことで裕翔君の目に涙が浮かんだ。
地面に下ろすと一目散に母親の方へ走っていく裕翔君。そしてそれを抱き上げるお母さん。

「もう!心配かけて!…あっ見つかりました!」
「本当ですか?!良かったですね」

いきなり母親が後ろに叫んだのでなにかと思えば、…なんでだか一樹先輩が駆けてきた。
一樹先輩も私を見て目を丸くしている。

「ご迷惑おかけして…、ほら裕翔、お兄さんにごめんなさいは?」
「ごめんなさい…」
「お、おー…、お母さんに迷惑かけんじゃねえぞ!」

ぐりぐりと、裕翔君の頭を撫でる一樹先輩。
その額にはじわりと汗が滲んでいた。


頭を下げて去っていく母親とその腕に抱かれて手をめいいっぱい振る裕翔くんを見届けてから、一樹先輩がこちらを向いた。

「あー…、その、遅れて悪かった」

バツが悪そうに頭を掻く先輩を見れば怒るに怒れなくなってしまう。

『………一緒に、さがしてたんですか』
「あ?あー…まあな」
『…そおですか』
「…ごめん、怒ってるか」

恐る恐る問いかけてくる一樹先輩に『怒ってます』と答える。
先輩はうぐっ…と唸って悪かった…と目を伏せた。

『…違うんです。先輩に怒ってるんじゃなくて、自分に怒ってて、』
「…なんでだ?」
『…先輩が、来なくて。分かってはいるんです、書類とか忙しいの。でも、どうして来てくれないのって心の中でずぅっと思ってたんてわす』

頭は理解していても、気持ちがそれに伴わないことはよくあることだと思う。
だけど、先輩の前ではいい子みたいに振舞って。大丈夫ですよ、と笑う私の心はいつも泣いていた。

『だから、っその、…連絡せずに待ち合わせ場所から動いたんです。…ちょっと困ればいいのに、っていじわるしたくなったんです』

結果的に、そのいじわるは不発に終わったわけだがそれでもそんなことをしてしまった事実は変わらない。

『ごめんなさい、』
「…あー、うん困った」
『…ですよね、』
「俺の彼女が可愛くて困るし、そんなことで泣かせてる俺に困った」

怒られるとばかり思っていた私にとってその解答は予想外でえっと思わず声をあげてしまった。

「待たせて悪かった、でもその意地悪はちょっと可愛いから待たせて良かったと少しは思ってる」
『え、え…あの、怒らないんですか』
「なんでだよ?あー…でも、もうちょっとぐらい我が儘言ったって良いんだぞ。どうせお前、俺に迷惑かけるとか思ってんだろうけど俺がそのぐらいこなせないと思うのか?」

そんなわけない、と思いたい。だって彼は不知火一樹なのだから。
彼を知る人達にこの質問をしても「そりゃ会長だから」と皆して笑うのだろう。

『思いません!』
「よし、それで良い!」

ああ、わたしはなにを心配していたのだろうかと一樹先輩の向日葵のよう笑顔にそう思ったのだ。


2013/08/18 望

 




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