それはありふれた
「福島ー、ノート」
『数学のノートは今高橋が使ってるよ』
「マジかよ、俺今日当たるんだけど」
とかいうやり取りが朝あったり、
『福井、今日の部活さあ』
「今日はランニングしねーぞ」
『じゃあ筋トレだね』
とかいうやり取りが昼にあったりする。
男子バスケ部副主将の福井健介と、男子バスケ部マネージャーの福島志乃、二人のやり取りの一部始終である。
その二人の阿吽の呼吸というか、ツーカーぶりの凄まじいこと。
周りからしてみればノートがなんだよ!今日の部活がなんだよ!というレベルの話である。
同級生は「アイツ等は夫婦」と言うし、年下の部員は「マジおとんとおかん」と口を揃えて言うだろう。
「ほんとに付き合ってないの?」
机を挟んで足を組みそう問いかけてきた友人に『付き合ってないって』と答えた。
私は窓枠に寄りかかってため息を一つ吐いた。
毎年何度か「お前ら付き合ってんだろ?」という風な質問を必ずされる。
今年はこれで何度目だろう…、もう片手の指では足りない。
「嘘でしょー?」
『こんなんで嘘ついてどうするの…』
「恥ずかしいから誤魔化してるとか?っと、噂をすれば福井じゃん」
「よっす」
友人が私の頭上を見てそう言ったので吊られて視線を上に向けると、十二年間見続けている金髪が目に入った。
そして福井は私の頭の上になにか乗せた。そこがじんわり温かいので何かと手に取ればはちみつレモン(あたたかい)だった。
「お前風邪引きはじめてんぞ」
『ウソ、そんなことないよ』
「馬鹿、微妙に鼻声だ。どうせ昨日貸した漫画読んでたんだろ?なんとかは風邪引かないっていうけど念の為黙ってこれ飲んどけ」
『一言余計だよ!…ありがと。貰っとく』
おう、と福井は手を挙げて自分の席へ戻っていった。
まだ温かい缶を両手で握りしめて暖をとる。
そして友人の方へと目を向ければなんだか絶望した目で「これで付き合ってないとか最早詐欺でしょ…」と呟いていた。
『だから福井とはそんなんじゃないってば…』
「いやいやいや鼻声とか全然気付かなかったけど!?」
『それが幼馴染の領域でしょ』
「幼馴染って言葉で何でも片付けるな」
デコピンを一発食らわせられる。地味に痛いのに…、と思いながらおでこを擦る。
「ていうか福井自分の飲み物持ってなかったじゃん。志乃の為だけに買いに行ったんじゃないの」
『それは…、多分紫原くんに取られたんじゃない。あのこ、甘いもの大好きだしさ』
「あー紫原くんってほんとでっかい子供だよね」
見た目と中身は比例しないな、と思った例だった。
(初めて思ったのは福井だが。見た目の割にあれは優しい)
「ままあ何にせよ、もし福井に彼女出来たら志乃も福井離れしなきゃじゃん?さすがに幼なじみの方が彼女扱いされてるとか彼女がかわいそうだし?」
『福井は私のお母さんか。…だよねえ』
「あー嫌なんだ?とられたくないんだ?」
『とられたくない、っていうか………』
離れたくない?近くにいたい?
自分でもうまく表現できない。
私は、福井に彼女が出来たらどうすればいいのだろうか。
「………ま、幼なじみだからってずっと居れるわけないわよ」
友人はそんな不吉な宣告をして、私のはちみつレモンを奪い一口含んだ。
『そんなんじゃないってば…』
福島がそう否定する言葉が聞こえる。
あーハイハイそうですねー。
俺は窓の外を眺めながら小さく声に出していた。
聞こえてるっつの、ばっちり。
「いつになったら見てくれんのか…」
そろそろ報われたっていいんじゃねーの?クラス12年も一緒にしやがって、(あんま信じてねーけど)神様とやらよ。
だがこの調子では片思いも12年目に突入しそうな模様である。