01
「きりーつ、礼っ」
号令に合わせてありがとうございましたと教室じゅうに響いて、それからあの休み時間特有のざわざわとした雰囲気に変わる。
私は次の授業なんだっけ、と机の中を漁っていたのだけれどその机を指先でトントンとノックのように叩かれた。
顔をあげるとさっきまで英語の授業をしていた中谷先生だ。
「高科、昼休みに先生のとこ来なさいね」
『…え?あ、はい』
一応返事はしたものの、私なんか先生に呼び出されるようなことしたっけ…。
最近のことを思い出してみるものの多分やってないはず…なんだけど。
『失礼しまーす…』
英語科教室に入ると私を呼び出した中谷先生と、その横に大坪先輩が居た。
…と、いうことはバスケ部関係かな。
ちょっとした予想をたてながら中谷先生に近づく。
中谷先生は私に「ちょっと高科に手伝って貰いたいことがあるんだけどね」と切り出した。
「バスケ部の夏合宿、臨時マネージャーとして参加してくれないかね」
『…私がですか?』
なんでも夏恒例一軍の調整合宿があるらしく、宿は炊事は自分達でせよ、とのこと。
部員たちにさせるわけにもいかないので合宿のみの臨時マネージャー…という名の家政婦を雇おうという結論に至ったらしい。
「高科は緑間の扱いに長けてるし適任だと思うんだが」
『…具体的に何をすれば良いんでしょうか』
主に部員たちのご飯作り。そして暇があれば練習試合などのスコア付け、ドリンク作り、洗濯などらしい。
「高科はバスケのルールとかもわかるだろう?どうだ、頼まれてくれないか?」
『…分かりました』
私がそう言うと大坪先輩と中谷先生がほっとした表情を見せる。どうやらかなり切羽詰まっていたようだ。
でも私料理が特別上手とかじゃないですからね!と脅すことは忘れずにしておいた。
そしてその日の放課後、中谷先生に体育館に来るように言われた。
のんびりと体育館に向かっていたけれど入口を見てさっそく帰りたくなった。
…凄いギャラリーだなあ。きゃいきゃいと黄色い声をあげて小さな隙間から中が見えないかと試行錯誤している。
…かっこいいのは、知ってるけど。
ちょっともやっとしてしまうのはやっぱりいけないことなのかなあ…。
自分の心の狭さに嫌気がさすけど仕方ないと思いたい。
はあ、と小さくため息をついてギャラリーを掻き分けて体育館の中へ入る。
目的の中谷先生は壁に腕を組んで凭れかかっていて、部員たちはストレッチに励んでいた。
『中谷先生』
「ん。早いねえ、いいこといいこと」
…中谷先生、私は幼稚園児かなんかなんでしょうか。
「献立、考えようと思ってね」
『ああ…。ですよねえ…』
毎日同じものを食べさせるわけにはいかないし、当然バランスのいいものを食べさせなければいけない。
「一応作る高科の意見も聞いておこうかと思って」
『簡単なのがいいです…』
そこだけは本当に強く推しておきたい。
そうなると定番はカレーだろう。量も作れるし簡単だし。カレールーには感謝をしなければいけない。
中谷先生もそうだろうねえ、と顎に手を当てて頷く。
『野菜多めに入れて、サラダもつけたら多分栄養的にも大丈夫じゃないかと思うんですけど…』
「うんうん。そんな感じで 。あとは家で考えて来てもいいぞ」
何か分からないところあったら電話してきなさい、と中谷先生は電話番号を書いたメモを私にくれた。
『はい、えーと…じゃあ私帰っちゃって良いんですかね?』
「うん。気を付けて帰りなさい」
『はい。失礼します』
頭を軽く下げて体の向きを変えるとバスケ部の面々が私と中谷先生をじーっと見ていた。
え、めっちゃ見られてる。特に真ちゃん。高尾くんと柔軟しながら眉間に皺を寄せてこっちをめっちゃ見てくる。
私は中谷先生に近寄って小さな声で『もしかして言ってないんですか?』と問う。
「その方が面白そうだろう」
『………先生って案外腹黒いですよね』
思ったままをそのまま口に出すと中谷先生はにやりと笑って目を伏せた。