03
どうやって終息しよう、なんてぼんやりと考えている俺の思考を覚ましたのは俺の相棒さまだった。
「なにをしているのだよ」
「あ…」
『…真ちゃん』
怪訝そうな顔をして紗月ちゃんの上から部室を覗き込んで、眉間に皺をつくった。
「先輩方、」
「…」
「俺たちはもうそれに関しては特に何も言いません。だからこれっきりにしてください」
真ちゃんがそう言うと先輩は「ああ…」と微妙な返事をしてから部室を出ていった。
その姿が見えなくなってから真ちゃんがはあ、とため息をついた。
「怒ったのは紗月だろう」
『うぐ…』
なんで分かったんだろうやっぱ幼馴染みって以心伝心なのかな。
俺の顔で分かったのか真ちゃんが違うのだよ、と否定する。
「中学時代に何度かあったからな」
「え、」
『慣れっこなんだ』
「慣れっこって…、慣れたら駄目だろこういうのはさ」
それもそうなんだけどね、紗月ちゃんはへらりと笑った。
「とりあえず着替えるのだよ」
『あっ高尾くん風邪引いちゃう!』
「あ」
体はとっくに冷えていて、あー風邪引くかもーなんて思った。
「つーか紗月ちゃんマジ怖かった」
制服に着替えてからそう呟くと紗月ちゃんは俺を振り返って『ええっ!?なんで!?』と叫んだ。
「あんな冷めた声出るなんて知らねーよ、俺は紗月ちゃんを怒らせないと誓った」
『め、滅多に怒んないよ、多分』
多分がつくとこが怖いよな。
「一体誰をお手本にしちゃったわけだよ」
『せ、征くん』
「赤司か…」
真ちゃんが頭を抱えてはああと長いため息をついた。
赤司って確か帝光のキセキのキャプテンだっけか。
「え、赤司ってそんな怖いの」
「…閻魔大王並なのだよ」
『俺様魔王様赤司様だよね…』
「うんよく分かんねーけどとりあえず二人がものっ凄く怖がってんのは伝わった」
真ちゃんが体育館に忘れ物をした、と言ったので俺と紗月ちゃんは校門で待機していた。
すると紗月ちゃんが小さく俺の名前を呼んだ。
『どうして、怒らなかったの?』
まあ私が勝手に怒っちゃったっていうのもあるんだけど、と紗月ちゃんは呟いた。
一瞬なにを言われたか分からず俺は少し考えて「…ああ」と思い出した。
「だってしょうがねーじゃん。先輩追い抜いてレギュラーになるっていうのはそういうことだし、それに負けない覚悟だってあるし」
『…でも、だからって、高尾くんが傷付く必要なんてない』
そう言って彼女は俺の手をとった。
手のひらには小さな赤い痕が4本、入っていた。
ちょうど拳をつくったら爪がそのあたりに当たるだろう。
「…バレてたんだ」
『私は他人の顔とか動きとかばっかり気にしちゃう人だから』
もう痛くない?そう聞きながらその痕を撫でる紗月ちゃんに思わず弱音が溢れ出た。
「…俺がさ、レギュラーとれたのはこの眼があるからっていうのがあんだよ、それは絶対に。
だけどさ、頑張ってんだよ俺だって。その力だけにならないようにさ。それを知っててくれる人が居るのは解ってる。でも、知っててくれない人が居るっつーのはやっぱ、ちょっとつらい」
部活の先輩となれば尚更だ。どうして解ってくれない。ましてや、自分だって大切に扱っているだろうバッシュを人のだからってあんなに傷付けることなんてないだろうに。
『…我慢したくなくなったら、私のとこ来てくれて良いからね。部活の先輩じゃ言えないようなこととか、私になら言えないかな?』
そんなことで高尾くんが楽になれば良いけど、なんて眉を下げて笑う。
そんなこと、なんてない。
「…全然助かる」
『ほんと?じゃあ利用してくれて構わないよ』
ね、と笑った紗月ちゃん。
ああ、なんだ。
全然ふわふわなんてしてないじゃないか。ちゃんと芯がしっかりしていて、他人のこと見ていてそれでいてちゃんと思いやることが出来て。
自分が何に対しても器用だという自覚はある。
それだけに自分が何でもかんでも詰め込んでしまう、という悪癖ももっている。
ああこの子が隣に居たらきっと物凄く楽、なんだろうなあと思った。
そうしてそれは実際にそうで。紗月ちゃんの隣は何でも言えたし無理に頑張らなくて良かった。
そんな子が近くに居たらさ、やっぱ好きになっちゃうよなあ。うんうん、仕方ない。
逆になんで真ちゃんが惚れないのかがフシギでならない。惚れたら惚れたで間違いなく最強のライバルになるのでご遠慮したいが。