02
じりじりと照りつける日光の中俺はうだうだと歩いていた。
あーくっそ暑いな、なんて思いながら歩いていると後ろから『高尾くん!』と紗月ちゃんの声がした。
あーもうやべーよ。遂に幻聴が聞こえだした。俺の頭もう末期かもしんね。
『えっ高尾くん無視!?』
「………え」
どうやら紗月ちゃんは本物だったらしい。
踵の低いサンダルで走って俺の前で一息ついた。
「どしたの?」
『え、えーっと…真ちゃんのパシリ?おしるこ買ってこいって』
「あいつどんだけしるこ好きなんだよ」
アイスどうすんだよ。緑間くんよぉ。
でも多分真ちゃんのことだから何か思ってのことだと信じてる!
「んじゃまー…一緒に行っちゃう?」
そう言うと紗月ちゃんは顔を綻ばせてうんっと頷いた。
あーもうマジ反則だから、そういうのは。
真ちゃんリクエストのおしるこも買って、俺と紗月ちゃんのアイスも買って、任務終了。
あ、待て。一つだけやり残したことがある。
「ね、紗月ちゃん」
『ん?』
「俺のこと名前で呼んでよ」
俺がそう言うと紗月ちゃんは見る見るうちに顔を真っ赤にさせた。
『む、むむむりむりむりっ』
「えーなんでー?」
『恥ずかしい、んだもん』
耳まで真っ赤にさせた紗月ちゃんは俯く。
あーほらほらそういう反応ほんと可愛んだけどさ、逃がしても良いかなって思っちゃうんだけど今日はだめ、逃がしてやんね。
「恥ずかしくねーって」
『やっやだっ!絶対無理無理無理!』
そんな断固拒否されると俺傷付いちゃうんだけどな、紗月ちゃん…。
いやでもこれぐらいでめげるな、俺。
「…もしかして俺の下の名前知んないとか?」
『し、知ってるよそれぐらい!』
「えーほんと?じゃあほら言ってみ」
『和成くん!』
「なんだ言えんじゃーん」
『あ、…高尾くん嵌めたでしょ…!』
嵌めてませんそう言うように仕向けただけです。うんほんとそれだけだから。
「つーか高尾くんに戻ってる」
『高尾くんは高尾くんじゃない…』
「もう呼べるんだから和成って呼ばないと返事してやんねー」
ほら置いてっちゃうぞー、俺が歩き出すと紗月ちゃんが高尾くん!と名前を呼ぶ。
返事してやんないぞ、俺は。
振り返りもしない俺に紗月ちゃんは高尾くんと再度呼ぶ。
だから名前だってば。
拘るには拘るだけの理由がある。
なぜなら紗月ちゃんは基本的に自分の周りの人間は誰彼構わず名前かあだ名で呼ぶからだ。
それなのに!それなのに俺だけ名字とか!
一人だけなんだから優越感感じろよ?逆なら嬉しいに決まってんだろ俺だけ名前で呼んでくれたらそりゃ嬉しいに決まってんだろあほか。
だから俺はムキになる。
早く呼んでくんねーかな、と思いながら歩いていると裾にくんっと力がかかった。
振り返れば紗月ちゃんが俺の裾を指先で摘まんで俯いていた。
『無視とか、やだよ…』
俺は肝心なことが抜け落ちていたようだ。
紗月ちゃんは俺の知り合いのなかで誰よりも人と接するのが好きな子で、無視なんてされたらそりゃもう落ち込むのを。
う、わあああ!と思ったときにはもう遅い。単純にただ、苛めすぎたようだ。
好きな子ほど苛めたいとはよく言うがやり過ぎたら行方は嫌われるだけだ。やばいほんとやり過ぎた。
「…ごめん、やり過ぎた」
『…』
うわああもうさっきまでの俺死んじゃえばいい!
『…』
どうしようこれ確実に嫌われた…?嫌われたよな…!ああもう俺なんて生きててごめんなさい…!
頭を抱えて地に膝をつきたい思いで一杯なのをどうにか留める、と紗月ちゃんが俺の頭を軽くぺしりと叩いた。
『これで、許してあげる』
いや許すってこんなん別に痛くも痒くもないんだけど、紗月ちゃん。
「いやあのこれだと俺の気が済まないっていうか…」
『…じゃあ私のお願い事一個叶えて欲しいな』
俺に出来ることだったら、そう首を縦に振って伝える。
『高尾くんにしか出来ないよ』
「へ」
紗月ちゃんはそう言うと俺の手と自分の手を結んだ。
『よしっ』
いやよし、じゃなくてね紗月ちゃん!
「あ、あああの紗月ちゃん!?」
焦っている、尋常じゃなく。
えっ紗月ちゃん酔っぱらってんの!?酒呑んだの!?素面!?えっどっち!?
酔っ払いか、素面か。図りかねている俺に追い討ちをかけるように紗月ちゃんが指を絡める。
『手、繋いでほしいな』
そりゃもちろん…、ていうかこれなにこれ!あああ!?なにこれ!なにこれ!夢!?あっもしかして最初から夢とか!?だよなー!
全てを夢として片付けようとした俺の頭にキュッとブレーキ音が響いた。
「…何してんだ高尾。轢くぞ」
もうその自転車で一思いに轢いてください宮地さん。