ジェシカが言うには、
時計をちらりと伺う。
あと5分。だけれど俺は少し首を傾げるのだ。
彼女、…紗月ちゃんと以前遊んだとき、紗月ちゃんは15分前にはもう来ていた。
ちょっと真面目な彼女のことだから今日も早めかななんて思っていた。(俺が浮かれて早めに来ていたというのもちょっとある)
「(まさか事故とかねーよな…?)」
最悪の事態が頭に浮かぶ。
いやいやいや落ち着け俺。まさかそんな漫画みたいなことあるわけねーよ。うん、ないない。
漫画だったらここで彼氏に電話がかかるのだ。病院から、はたまた彼女の両親から。
とかそんなこと思っていたら手に握っていた携帯が震えた。
電話、だ。え、うそだろ。名前を見れば紗月ちゃんと書いてあった。もう一度言う。え、うそだろ。
「紗月ちゃん…?」
恐る恐る通話ボタンをおし、声を出す。有り得ない、この電話の先は彼女しか認めない。
『高尾くん…』
「…よかった、無事で」
ほっと、安堵のため息をついたのもつかの間。
『無事じゃない…』
「は…?!いまどこ!」
『い、家』
「すぐ行くから!!」
そう叫ぶ前に俺は走り出していた。一秒でも早く、彼女の家に着くために。
「ぶ、ぶじじゃ、ないって、ど、ゆこと…」
『た、高尾くん…』
果たして無事じゃないのは彼女のこの部屋の惨状なのだろうか。
俺は肩で息をしながらそう思った。
『いや、その…服決まるの遅くなっちゃって、それで、髪の毛やる時間なくなっちゃって、』
言い訳のように(よう、というかこれは実際言い訳だが)どもりながらそして視線を逸らしながらそう伝える紗月ちゃん。
俺ははあー…っと長いため息をついてその場に座り込んだ。
「………心配した」
『え、えっとごめん、ね?』
近寄って下から俺を伺う紗月ちゃんの後頭部に腕を回して引き寄せて唇を合わせる。
『っ、ん』
「またしたら怒るからね」
これ以上のことしちゃうかも、なんて言う俺に紗月ちゃんはもうしない!と真っ赤な顔で叫んでいた。
それはそれで残念である。
「…で、髪終わったの?」
『………終わりませんでした』
「だろうなあ…」
はあ、とため息をついて俺はコテをコンセントにさした。
『高尾くん…?』
「今度から、待ち合わせ紗月ちゃんの家ね」
『え』
「俺がする、服決めるのも髪するのも」
はい来て、とベッドに座った俺の足の間に紗月ちゃんを招く。
「もうこんなことされんの堪んないし、それに何より俺以外に触られんのヤダ」
子供みたいな我が儘を口にした俺を、驚いた目で紗月ちゃんが見上げる。
『真ちゃんでも?』
誰のことを指しているのか分かったらしい。日頃からその察しのよさを発揮して欲しい。
「幼なじみだろうがなんだろうが俺にとっちゃあ男だよ」
『そっか…、気をつけます』
…とか言いながら紗月ちゃん天然だからあんま分かってないんだろうなあ、と若干心配に思いつつ紗月ちゃんの髪をコテで挟んだ。
妹がやってるのを見よう見真似で行った結果、鏡を見ながら紗月ちゃんが一言。
『高尾くんお嫁に欲しい…』
「いやそこは婿にしてよ!!」
思わず突っ込んだ俺は悪くない。絶対にだ。
はーもう、俺の彼女はなんでこんなちょっとアホで可愛いのかな。
But love is blind, and lovers cannot see
the pretty follies that themselves commit.
(しかし、恋は盲目であり、
恋人たちは自分たちが犯す愚行に気づかない。)