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「…」
『…』
…どうすればいいのだろう、この無言は。
黄瀬くんに謝ればいいのだと言われたけれど、果たしてそれがどういう結末を呼ぶのだろうかと考えれば考えるほど何から言い出せばいいのかが分からなくなる。
俯いた私の視界は屋上のタイルと、森山先輩の足先。
森山先輩の顔がいったいどうなっているのか想像したくない、すごい怖そう。どうしよう。
「…如月」
『っはい』
咄嗟の反応で顔をあげると、森山先輩と目があう。
そして森山先輩は口を開く。怒られるか、と身構えたが無意味だった。
何を言えば良いのか、とでも言うかのように森山先輩は口を開けたり引き結んだりを繰り返して結果心が折れたのか口を閉じる。
その様子を見て私はぎゅっと拳を握った。何を迷っているの、私には言わなきゃいけないことがある。謝らなきゃいけないことがある。
『………森山先輩』
「…」
『ごめんなさい…私、先輩に嘘をついていました』
黄瀬くんがあそこまで言ってくれたのだから。息を吸い込んで口を開いた。
『先輩は覚えてないかもしれないけど…ほんとは、森山先輩に会ったことがあったんです』
そう告げれば森山先輩は目を丸くした。
知られるのは怖いけれど、それでも。
それでも、すべてを伝える覚悟を。
きゅっと唇を引き結んでから、口を開いた。
黄瀬くんに話したことをそのまま森山先輩に伝える。
話し終えた私に森山先輩は「あの時の…?」と呟いた。
『覚えてるんですか…!?』
「当たり前だろ」
当たり前なのか…。納得しかけたが普通にどう考えてもおかしい。
とりあえずよくわからないけど森山先輩の中ではそうらしい。
「そうか…、如月はあの時の…」
『………ほんとは、知ってほしくありませんでした』
努力をした。ダイエットをして、メイクの勉強をして、色んなことを学んだ。
そして今やっと、周りの人から可愛いと言われる自分になれた。
きっかけをくれたのは森山先輩のくれた言葉だけれど、それでもやっぱり昔の自分は可愛くないから。
『昔の私を知られたら、嫌がられるんじゃないかって。だったら今の自分を知ってもらえればいいんだって思ったんです。…だから嘘をついてました』
「…」
『でもどうしても、会いたかったんです』
先輩を見つけたのは偶然だった。
高尾くんが読んでいたバスケの雑誌を隣で見ていた。
そして、高尾くんが捲ったページを海常の青が染めていた。
思わず『あっ!!』と叫んでその雑誌を高尾くんから取り上げてしまったくらいだ。
偶然でも必然でも運命でも何でも良い。
もう一度会いたい、とそれだけ思ってこの高校に入学した。
喋れなくても良かった、それでも昔よりは確かに近い距離に居れればと。
『でも森山先輩と会ってしまったらだめでした』
「だめって…」
『近くに居たい、が隣に居たい、に変わっちゃいました』
先輩の隣に居れるのが嬉しくてはしゃいで怒らせてしまって。
結局近くに居たいとささやかな願いも今では叶うか怪しい。
『ごめんなさい。先輩が嫌ならもう近寄りません』
頭を下げれば、当然森山先輩の顔が見えなくなる。
どんな顔をしているのだろうか。やっぱり、怒ってるのかな。
「………如月」
ため息混じりの声が聞こえて、頭を下げたまま私は反射で肩を震わせた。
ああ、やっぱり…怒ってる。ぎゅっと拳を握った。