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『え…』
今なんて、言ったの。
混乱する私に気づいているのか分からないけれど森山先輩はまた「好きだ」と囁いて、言葉を紡ぐ。
「好きだよ、如月。…一番大事にしなきゃいけないのに俺は傷つけてしまったけど」
夢なんじゃないか、と思う私を現実と繋いでくれたのは頬に添えられた森山先輩の手だ。
その手が夢じゃないと、教えてくれている。夢じゃないのなら。
「大事にしたいんだ」
『森山先輩、………罰ゲームかなんかですか…!?』
私の言葉に森山先輩は口を小さくへの字に曲げる。あ、なんかやばい気配…?
そう思った時にはもう森山先輩の添えられた手が今度は頬をつねる。しかも結構痛い。
『いたいいたいいたいです!!』
「………今のは怒ってもいいだろう俺は」
『だって!…そんな、』
絶対にありえない、と思っていたのに。
私妄想を現実にする力にでも目覚めちゃったんじゃないかと本気で思ってしまったぐらいだ。
『罰ゲームじゃないならなんなんですか!熱でもあるんですか!』
「ないけど?」
あとはいったい何だろう。
もしかしてヤの付く自由業の人に脅されているのだろうか。
ああ、もしかしたらそこの扉の陰にスナイパーでも居るんだろうか。
混乱してもうバカみたいな思考で頭の中が埋め尽くされていく。
そしてまたそれを現実に戻してくれたのは森山先輩だ。
「………どうしたら信じてくれる?それとも如月はもう俺のこと好きじゃないのか?返事ははいでもいいえでもいいんだ。如月の気持ちが知りたいんだ」
『そ、れは』
私の頬を抓っていた手が右を、そして新たに左頬に森山先輩の右手が添えられて挟まれたような形になる。
腰を屈めた森山先輩が私を正面から見つめた。切れ長の瞳が、私を見つめている。あの時みたいに。
私だけ、見てくれている。
…そうだ、黄瀬くんに全部伝えてこいと言われたのだ。
まだ伝えてないことがひとつある。
それは一番大事な気持ちで、伝えていいのか迷っていた言葉だ。
『好き、です』
言葉とともにじわりと視界が滲んだ。ああもう、ほんとうに夢みたいだ。
夢なら覚めなければいい、と思った。
それで例え死んでしまうとしても、このまま死んでもいいとさえ。