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「…どうかしたのか?」
『っ…!』
顔をあげると長い前髪の隙間から教室の扉のところで男子が立っているのが見えた。
ぱっと顔を隠すように俯く。だれ、なの。
『な、んでもないです』
「なんでもない限り女の子は泣かないよ」
『っ…』
彼は喋りながらこちらまで歩いてきて、私の前で屈んだ。
「俺で良かったら話してみてよ。あ、ちなみに俺は三年の森山由孝、彼女募集中!」
『…う、ぇっ』
私のことなんてまったく知らない三年生。そして彼のちょっとした冗談。
そのことが閉ざされていた口を解く鍵になった。
結局のところ泣いていたのはよくある恋愛ごと。好きな男の子から自分の悪口を聞いたからだった。
涙で濡れていた頬をハンカチでふく。
「…そっか、」
『私なんて、地味だし太ってるし可愛くないし、だけど…』
あいつキモイし。聞いたばかりの悪口と周りの男子が同調して笑う声が頭の中に再現されて再び涙がじわりと滲んだ。
『あんなこと言われるために好きになったわけじゃない…!』
「それはそいつが見る目なかっただけだって」
『でも、どうせ私なんて、』
そうして森山先輩はあのさ、と口を開く。
「…女の子はさ、いつだって可愛くなれると思うんだ。努力次第っていうか、可愛くなろう!って決めたときから。だから君も自分なんかとか限界とか決めちゃ駄目だよ」
ちょっと失礼。森山先輩は私の顔と前髪の間に手を滑りこませて、私の視界から黒いものが除かれる。
そして「ああ、やっぱり」と満足気に微笑んだ。
「前髪、切ったほうが可愛いよ」
なにも遮るものがない状態で、森山先輩の切れ長の瞳が確かに自分を見て、笑っていた。
そして私はそのとき、可愛くなろうと決めた。
他の誰でもない、彼のために。