19
『あの、すみません荷物…』
「いや…、いいけど」
玄関にて、気まずい空気が流れる。
如月は冷えピタをはったおでこを晒しながら目を泳がせた。
『その、…黙っててごめんなさい。お兄ちゃんと、森山先輩が知り合いってこと』
「いや、それは別に良いけど…ていうかもしかして、同中?…そんな訳ないか。如月普通にしてたら…、」
可愛いし、と思わず言いそうになってしまった言葉を口にする寸前で止めた。
どうやら熱で思考力が低下している如月はそれを気に留めることはなかった。
『私、転校してきたので』
「………結局お前なんで俺が好きなんだ?」
繋がりがないのにここまで惚れ込まれているのは異常だと思う、つまり何処かしらで会っていたはずなのだ。
それなのに如月は『まだ秘密です』と口元に人差し指をつけて微笑んだ。
森山先輩が帰る背中を見つめて、がちゃりとドアを閉めた。
それからリビングに戻るとソファの上でテレビを見ていたお兄ちゃんが振り返った。
「…そうまでして隠したいかよ」
何を、何時を指しているのかは言われなくても気付く。
『隠したいよ。あれは、知られたくない時間』
私が弱くて醜くかった時間だ。
例え森山先輩でも知られたくない時間だ。
大体森山先輩の記憶にあるのかさえ疑問に思う。きっと、ないのだろうけど。
「森山と会ったのがそんときでも?」
『…おやすみなさい』
お兄ちゃんの視線に耐えられなくなって私はリビングを後にした。