17
「先生いないのか…」
連れてこられた保健室は少女漫画の定番のように先生は居なかった。
いや自分が少女漫画の主人公とかこれぽっちも一ミクロンも思ってないのでそこは注意。
「とりあえず座ってろ」
普段から切れ長の瞳の森山先輩だが今日は一段と細く、鋭い。多分気のせいじゃない。
森山先輩はガラスの扉を開いて中から勝手に体温計を拝借する。
『先輩…、勝手に開けちゃ…』
「生徒が熱出してんのに怒る先生なんて居ない。ほら、脇に挟んで」
私が言われた通り脇に挟むのを見届けてから森山先輩は、冷蔵庫を開けて冷えピタを取り出す。
そしてピピッと鳴った体温計の数字を見る私に森山先輩は「何度?」と聞いてきた。
『な、七度八です…』
「………貸せ」
『あ、え、だめです』
思わず拒否してしまった私に森山先輩はむっとした顔を隠さずに体温計を取り上げる。
数字を一瞥した森山先輩は顔を顰めて「八度超えてるんだけど」と不機嫌そうに呟いた。
おおう…怖い…。森山先輩は冷えピタを私のおでこに貼る。そして「なんでウソついたんだ?」と問いかけた。
『…昨日の傘のことですか?』
無言で森山先輩はこっちをじっと見続けて、無言は肯定だと思って私は言い訳を始めた。
『部活生が、それもインターハイを控えた選手が風邪なんてひいちゃ駄目だと思ったんですよ』
「………じゃあ俺がただの一般の、帰宅部だったら?」
『それでも貸しましたよ』
自分の好きな人を濡らしたくないって、風邪引いて欲しくないって思うのは当たり前じゃないですか。
私はじっと見ると森山先輩は気まずそうに目をそらす。
あー今更頭ががんがんしてきた、うるさいな。
「…ていうか、熱出した奴が学校来るなよ」
『だって森山先輩にまた明日って言ったから。だから絶対に破るわけにはいかなかったんです』
「………もう寝ろ」
森山先輩は大きな手のひらで私の目の辺りを覆って布団へと頭を押した。
指の隙間からちらりと見えた先輩の顔が赤かったのは多分気のせいなんだろう。熱で幻覚が見えるなんて、そろそろ重症だ。