愛の力は偉大である。
「あの…っ、私氷室くんのことが好きなんだけど…」
付き合ってくれないかな、クラスメイトに教室に残るようにお願いされて。
そしてある程度予想をしつつ彼女の口から出る言葉を待ち構えていると、ほらきた。
「気持ちは嬉しいけど、俺彼女が居るから」
「………千歳さん、だよね」
知ってるのならなぜ俺に告白なんてしてくるんだ。思わず舌打ちしたくなる。
「そうだけど、それが何?」
少し冷たく喋ってみても、彼女は気付かない。
「…千歳さん、昨日三年生の福井さんと居たけど…」
「…ごめん、笑えない冗談はやめてくれるかな」
「嘘じゃないよ!私見たも、」
彼女の言葉が詰まる。俺が机を思いっきり殴ったからだ。
ひっ、と小さい悲鳴をあげて彼女は竦み上がった。
「…やめろと、言ってるんだけど」
「っ、ごめんなさい…!」
彼女は目に大粒の涙をためて教室から飛び出して行った。だけれど俺はそれを気にする余裕なんてなくて。
手をついた机は偶然にも夢の机だった。
次の日。
夢はやっぱりいつも通りで、朝も「おはよう氷室くん」と笑って。
ああ、やっぱりあれは嘘だったんだと心の中でほっとため息をついた。
しかし昼休みが始まり、いつも通りはいつも通りじゃなくなってしまった。
「あの、ひ、氷室先輩いますか…!」
どもりながらも震える声で確かに俺の名前が呼ばれた。
「氷室ー!一年生ー!」
「今行くよ」
はあと小さくため息をついて「羨ましいなコノヤロー!」と茶化すクラスメイトを苦笑いでかわす。
内心羨ましいなら代わってやるよと悪態をついていたわけだが。
夢の方をちらりと見ると困惑した顔でこちらを見ていた。
後輩の女の子が俺を連れ出したのはベタに空き教室だった。
昨日の女の子と同じように俺に付き合おうと誘ってくる。
昨日と同じように答えると、後輩は知らなかったようで「そう、なんですか」と呟いた。
ああ、こういうときは罪悪感がわくんだよなあ。
到堪れなくなって、彼女から目を逸らすと後ろの校舎が目に入った。
「…!」
なんで、どうして、福井さんと。認識したらダメだった。自制とか理性とかきっと冷静にさせるところが纏めてどこかへ吹っ飛んだ。
後輩を置いて教室を飛び出す。「氷室先輩!?」と後ろで叫ぶ声が聞こえたが俺の優先順位は決まっている。
勢いよく図書室の扉を開けた。勢いよく開けすぎたらしい、司書さんに険しい顔をされた。
形だけでも頭を下げて図書館の奥へと進むと、やはりさっきの場所に福井先輩と夢。
「…なにしてるんですか?」
「ひ、むろ…!?」
『氷室くん…』
顔をあげた夢の目元は真っ赤になって濡れていた。
なんで、どうして。ねえ、分からないよ。
「あー…、その、まあ二人で話せよ。念の為言っとくけど浮気とかじゃねーから」
「…はい」
福井さんが気まずそうな顔をして頭を掻いて俺の横を通る。「怒ってやんなよ」と釘まで刺された。
「………どうして、泣いてるの?」
『…氷室くんが、女の子にモテるから、不安になったの』
そう言ってじわりと涙を目に滲ませた夢。
『可愛い子とかも、いたし、いつかごめんねって言われるんじゃないかって、』
「…そ、っか」
きっと彼女が俺に直接言えなかったのはきっと言ったら面倒だと思われるのが怖かったからだ。
ああ、もうほんと…。張っていた糸がぷつりと切れて棚にもたれ掛かった。そして夢を呼ぶ。
寄ってきた夢をぎゅっと抱き締めた。
『ひ、むろくん』
「向かいから、ここが見えたとき心臓が止まるかと思ったよ」
『…ごめん、なさい』
きゅっと夢は俺の制服を小さな手で握った。
「俺もごめん。考えてなかった。次からは教室でちゃんと断る。…あと、俺も安心させて」
『へ…』
名前で呼んで、牽制の意味も込めたそのお願いに夢は小さな声で『…辰也くん』と呟いた。
ああ…、ほんとさっきまであんなに焦っていたのが馬鹿みたいに思える可愛さだ。
詰まるところ
愛の力は偉大である。