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  シュガーサイン


「宮地さーん!」

教室掃除のために仮卒に入ってから久々に学校に来るとどこから現れたのか目ざとい後輩が俺を見つけて駆け寄った。
げ、と思わず顔を顰めてしまった俺は悪くない。

「宮地さん、夢となんかありました?」
「は?別に、フツーだけど…」

二日前に電話した様子を思い出すが至って変なところはなかったと思う。
いきなり不吉なことを問いかけてきた高尾に一発食らわせようかと反射で思ったがこいつが何の根拠もなくそんなことを問いかけてくるわけはない。

「何かあったのか」
「いや…、気のせいだったらいいんっすけど最近ぼーっとしてることが多いというか、部活中も上の空で。
もしかしたら宮地さんと喧嘩でもしたのかなと思ってそっとしておいたんっすけど…」
「…千歳どこだ?」

どうやらその言葉を待っていたらしい。高尾は俺のその言葉を聞いてにっこりと笑って「今日は保健委員の当番だから保健室っすよ」と言った。
なんだかイラッとしたので後でパイナップルをお見舞いしてやろう。


保健室の扉の前に立つ。
あー…会うのめっちゃ久しぶりかも。そう思うと少しばかり緊張してしまって保健室の扉に手をかけたまま固まっていた。
くそ、かっこわる…。頭をガシガシと掻いて俺はやっと保健室の扉を開けた。

「…失礼します」

一応そう告げて保健室に入ると一つだけカーテンが閉まっているベッドがあった。
シャッとカーテンを開けると千歳がすうすうと寝息をたててベッドに寝そべっていた。

「…仕事しろよ、保健委員」

久しぶりに見るその顔の目元はなぜだか赤くなっていて、その下に敷いてあるシーツには濡れた形跡があった。
手を伸ばして指でその頬をなぞる。そうすると千歳が「ん…、」と唸ってゆっくりと目を開けた。そうして俺の顔をじっと見つめる。

『…み、やじ、せんぱい…?』
「…なんか、あった?」

人差し指で頬を撫でながらそう聞くと千歳はぱちくりと目をさせて「なんにもないですよ」と笑った。
よいしょ、とベッドから起き上がる姿を見ながらやっと俺は分かるのだ。ああ、こいつが泣いた原因は俺なんだなって。
俺が原因ならこいつは笑って誤魔化すと、そんぐらいは知っている。
ベッドの端に俺が腰掛ける。ぎっとベッドが軋んだ。

「…なんで泣くんだよ。泣くぐらいなら言えよ。ちゃんと言わないと俺も分かんねえよ」
『だからなんでもないですよって、言ってるじゃないですか』

俺に背を向けてスリッパに足を入れる千歳。くそ逃げるつもりだこいつ逃がさねえよ俺は細い腕を掴んだ。

「嘘つくなって。お前のことだからちゃんと分かりたいんだよ、だから」
『だって!』

子供の我儘みたいなその"だって"は俺を黙らすには十分な声量を持っていた。

『だって…、先輩居なくなっちゃうじゃないですか…っ』
「は…?」
『先輩居なくなっちゃうから、一人でも大丈夫にならなきゃいけないから…っ』

俯いて、肩を震わせてそう小さく訴える千歳が無性に愛しくて、掴んでいた腕を離して俺は後ろから抱き締めた。

「…一人で大丈夫とか、言うなよ」
『だって…』
「お前が大丈夫なんて言ったって俺は放っておけねえんだから、素直に聞いとけ馬鹿野郎」
『っ…』

返事、と俺が短く耳元で呟くとぎゅうっと首に回った俺の腕を千歳は握って『はいっ』と元気よく返事をした。
ああほんと、可愛くて困る。


落ち着いた千歳をベッドに座った足の間に座らせた。

「で、お前俺が居なくなるとかどういうことだよ」
『あ、えーっと…う…』

どうやら落ち着いたことで自分が言っていたことが恥ずかしくなったらしい。
顔を真っ赤にして『言わなきゃだめですか』と聞いてきた。それは勿論、「だめに決まってんだろ。さっさと吐けよ」と俺が笑顔で言うと観念したようだ。

『せ、せんぱいが卒業しちゃうから、寂しくなっちゃうなと思いまして…』

なんかこう…、もうちょっと深い理由があるかと思ってたんだけど俺。
思わずはあああと長いため息をついて脱力してしまった俺は悪くない、絶対に。

『なんで先輩三年生なんですか!二年後生まれてくださいよ!』
「俺に言うんじゃねえよ!」

知るかんなの!俺に留年しろってか!俺がそう言うと千歳は『そんなこと言ってないじゃないですかあ!』と泣きべそをかく。
なんだなんだこの喧嘩とも言えないこの口論は。さっきまで割とシリアス調に進んでいたはずなのに。

『怒りました…?』

恐る恐るといった風に顔をあげて俺を伺っている千歳にふはっと吹き出してしまった。

「こんなんで怒ったりしねえよ。黙って泣いてたら怒るけどな」
『…ごめんなさい』

しゅんとなった姿が可愛かったのでそれに免じて許してやることにした。言わねえけど。

 




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