10000 | ナノ



   好きなら好きとそう言って


『…えーっと、不知火先輩?』
「なんだ」

下から聞こえるのはまあ当然不知火先輩の声なわけだ。
彼は私の膝の上に頭を乗せて書類に目を通している。

『…なぜこのような状況に』
「眠くなったら寝れるようにだ」

どやっというかきりっと決めた顔で私の方へ向けてきた。
こんな生徒会長一般生徒に見せられない。

『ていうか私なにも仕事できないんですけど…』
「千歳はしなくていい」
『えええ…』

なんだかそれは申し訳ないのに不知火先輩は「俺が良いって言ってるんだから良いんだ」と言う始末。
資料を取りに行きたい気持ちに駆られるがこの状態では立つこともままならない。

『颯斗くん…どうにかして、この人』
「ふふっ、すみませんが僕にはどうにも」

素敵な笑顔で私はぽいっと見捨てられた。颯斗くんが席を立つ。
そうして寄ったのは月子ちゃんの席。彼女は机に突っ伏してうたた寝していた。

「月子さん。すいませんお待たせしました。帰りましょう」
「…ん、ぅ。おわった…?」

寝ぼけているのか目をこすりながら舌っ足らずな声で顔をあげる月子ちゃん。
颯斗くんが月子ちゃんを見る目は愛しい彼女を見つめるそれで。

「それじゃあ、お疲れ様でした。お二人共、ほどほどにしてくださいね」
「お疲れ様ー、夢ちゃんまたね!」
『お疲れ様ー』

ぱたん、と扉が閉じてそういえば不知火先輩が動かないぞと思って下に目を向けると閉じられた瞳。
寝るのはやっ!私はかけられたままのメガネをとって机に置く。
前はさっきみたいなの見て傷ついていたけれど、今はそうでもない。それは…不知火先輩のおかげなのだろう。
寝ている頭を起こさないように撫でると少し固めの髪がちょっと乱れた。

私と不知火先輩は付き合っている。
しかしその理由は割と不純というか、簡単にまとめると二人共失恋の痛みを癒すためだ。
私は颯斗くんに、不知火先輩は月子ちゃんに。そしてその颯斗くんと月子ちゃんは付き合うという漫画のような四角関係。

最初はただただ深い傷を埋めてもらうためだった。
だけど颯斗くんにあった気持ちはいつの間にか不知火先輩に移ってしまって、結局今では不知火先輩を好きになってしまう始末。
私、最低だ。利用するために不知火先輩に居てもらっただけなのに。


そして訪れたキッカケは、月子ちゃんの一声だった。
珍しく生徒会室には私と月子ちゃんと不知火先輩の三人だけだったある日。
私が「不知火先輩」と隣に立ってそう呼んだのを月子ちゃんは不思議そうな目で見て、爆弾を放った。

「一樹先輩って、夢ちゃんのこと名前で呼ばないんですか?」

それはふとした疑問だったのだろう。現に生徒会では全員名前呼びが義務付けられてるにも関わらず私は不知火先輩と呼び不知火先輩は千歳と呼ぶ。(私がそう呼ぶのは不知火先輩が私を苗字で呼ぶからなのだけど)
月子ちゃんのその質問に不知火先輩は「あー…」と唸る。

「…箍、外れないようにな」
「えーっと…、意味がよくわからないんですけど…」
「いーんだよ!あー月子、これ星月先生に届けてきてくれ」

それは確実に逃げの行動だった。だけれど人よりちょっと鈍い月子ちゃんは疑うことなく「はーい」と言って不知火先輩から書類を受け取った。
ばたん、と扉がしまって二人だけの空間になる。

「…気にしなくていいから」

沈黙を破ったのは不知火先輩だった。

『………気にします』
「なんでだよ…。俺は、代わりだろ」

どうして、そんな顔するの。そんな、泣きそうな顔するなんて。
その顔が私の箍を外した。外したのは不知火先輩だ。

『代わりなんかじゃない!わたしは、一樹先輩のこと…っ!』
「言うな!」

好きなのに、言おうとした言葉は不知火先輩の声量に圧倒された。

「こんな関係から、はじまるなんて嫌だろ」
『…かず、』
「…頼むから、呼ばないでくれ」

絞り出すようにそう言って、不知火先輩は私から目を逸した。

『…一樹先輩』
「おい…」

やめろ、と言おうとした一樹先輩の袖を掴む。

『好きです…っ、先輩がすき、なんです…っ』
「…俺は颯斗じゃない」
『知ってますそんなこと…、私は一樹先輩が好きなんです』

ねえだからこっちを見て。
月子ちゃんじゃなくて私を見てくれるなら、始まりなんてどうだっていいの。
掴んだ袖をぎゅっと引っ張った。すると先輩は「あーもー…!」と唸って私の腰に腕を回した。

「…我慢してたのに、あっさりぶち壊しやがって」
『…いつもの強欲な先輩はどこいったんですか』
「お前に関しては別…。大事なモンは慎重になるだろ」
『私そんなガラスなんかじゃないですよ』

そりゃ初耳だ、なんて耳元で聞こえた。

 




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -