不知火一樹
どうしよう、このチョコレート。
私は机に頭を乗せて目の前にある箱をぼんやりと眺めた。
渡す相手は居る。だけれどその相手が近くに居ないのだ。
外国を転々としているらしいが今どこに居るか知らない。
彼が、一樹がそう決めていたことに反論はなかったし応援する気持ちで送り出した。
だけれどこういう時居ないとなるとこのチョコレートの行き先は果たして。
今更ながらチョコじゃなくてハンカチとかにしておけば良かったなあなんて後悔する。
クリスマスでも子供でもないけれど、何かにお願いしたら一樹が帰ってこないかななんて思った。
だけれど一樹は遊びに行っているわけではないのだ。
私の、わがままでそんな邪魔できるわけもなく、結局私は連絡もしなかった。
仕方ないけど、これ食べちゃおう。
意識の片隅で、「夢」と呼ばれたような気がした。
今の声って。私は目をぱちりと開いた。そうして見えたのは銀色の髪。
『か、ずき?』
「おう、ただいま」
にやりと笑って私の頭を撫でる手つきは昔からまったく変わらない。
『な、なんでここに?』
「そりゃバレンタインだからな。知ってるか?アメリカだと男からあげるらしいぞ」
だからこれ、そう言って差し出したのはよくドラマなんかで指輪が入れられているような小さな箱。
『へ…』
「寂しい思いさせてごめん。それでこれも虫除け目的だから俺の自己満足だ。だから嫌なら付けなくても良いから」
俺が一方的に待たせてるだけだからな、と眉を下げる一樹。
『い、嫌じゃないよ!』
寝起きの頭では咄嗟にそう否定することしかできなかったけど、一樹は笑ってくれた。
『…さびしいよ、でもまだ頑張りたいの。一樹が好きだから。だからそんな顔されたら私も悲しいよ』
「…分かった、しない」
その分甘えさせてやるよ、そう言って一樹は私をぎゅっと抱き締めた。
何時ぶりだろう。私も一樹の背中に腕を回して胸に顔を埋めた。
耳には好きだ、大好きだと繰り返し甘い言葉が囁かれた。
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