バレンタインデー | ナノ



  伊月俊


『うー…あー…』

机に突っ伏して私はずっと唸っていた。頭には朝包んだマフィンを思い浮かべている。
原因は、教室の片隅から今日何度も聞こえてしまった台詞だ。

「ごめん、俺好きな子からしか貰わないつもりだから」

そうですか…、相手は後輩だったようでその子は泣きそうな顔になっていたものの素直に去っていた。
今日これで何回目?8回ぐらい?

「モテるのも大変だなあー伊月」
「茶化すなよ…。目の前で泣かれるの罪悪感凄い襲ってくるんだからな」

それでも断るのは、伊月くんの好きな子への想いがそれだけ強いということだ。
私の用意したマフィンは伊月くんにあげるもの。
断られる確率のほうが高すぎて渡す勇気が出てこない。だって、断られたら多分泣いちゃうし。

『(せっかく、水戸部くんに手伝って貰ったのにな…)』

このままでは彼の親切も時間も無駄になってしまう。
それは分かっているのだけれどそれでも勇気なんてこれっぽっちも出てこないんだ。


「長山ー!」
『コガくん…』

昼休み、小金井くんと水戸部くんが私のところに訪ねてきた。
ふたりは私の気持ちを知ってくれている協力者だ。

「ど?渡せた?」
『まだ…。だって、好きな子しか受け取らないって、』

そう言いながら頭がどんどん下がっていく。
せっかく協力してくれているのに申し訳なさが積もる。

そうすると、頭にぽんぽんと手が乗った。
見上げると水戸部くんの大きな手で、にこりと水戸部くんは笑っていた。

『水戸部くん…?』
「あ、長山。後ろ!」

コガくんが後ろを指さすので振り返ると伊月くんが居た。えっ、と思わず声をあげてしまった。

「えーと、あー…」

なぜだか気まずそうに目を逸らして頭を掻く伊月くん。

「ほら伊月も頑張れよー!」
「うるさい、コガ」

何の、話をしているんだろう。
私の頭上で繰り広げられる会話に頭ははてなでいっぱいだ。水戸部くんはいまだににこにこしているし。

「長山さん。俺長山さんのこと好きなんだ、けど」
『へ…』
「だから、付き合ってほしい 」

なにこれ、なにこれ。夢とか、え?

「長山!返事!」
『えっ!あ…えっと、』

私は水戸部くんを見上げる。すると水戸部くんはにこっと笑って頷いた。
机の横にかけていた鞄からラッピングよ袋を手探りで探し当てる。

『わたしも、好き、でした…!受け取って、くれますか?』

伊月くんの前に出したマフィン。伊月くんは一瞬だけ目をぱちぱちさせたがすぐにふわりと笑った。

「ありがとう、嬉しい」

ああ、私死んじゃうかもしれない。

 

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