東月錫也
「夢、おいしい?」
『ぅん?ん、美味しいよー』
そっか、と錫也が幸せそうにへにゃりと笑った。
ほんと尽くすの好きだな私の彼氏さまは。
私と錫也の間に置かれているのは所謂家庭用チョコフォンデュ機械だ。
そして壁にかけられたカレンダーも私の携帯の日付も二月十四日、つまりバレンタインデー。
本来ならば彼女である自分が料理なりお菓子なりを作るべきなのだろうけれどそれを良しとしなかったのが錫也だ。
『今年のバレンタインなにがほしい?』
私がそう聞くと錫也は少し考える素振りを見せて「夢の時間」と答えた。思わずは?と聞き返した私は悪くない。
「そもそも俺が居ないときに怪我したら嫌だから料理はダメ」
って、私を廃人にするつもりなのこの人。
『いや…そんなヘマしないって』
「調理実習の度に指切ったのだーれだ?」
にこりと笑ってそう問いかける。私は、
『…』
口を結んで壁に顔を向けるしかなかった。ほんとそのとおりで困る。
そもそも抵抗したところで錫也に口で勝てたことはなかった。
そうして結局折衷案として「錫也の部屋でチョコフォンデュをする」ということに決まった。
『錫也と別れたとき生活力0とかどーすんの…』
マシュマロにチョコを絡めながらそう呟くと錫也はこれまた素敵な笑顔で私に言う。
「別れないから大丈夫」
どこから出てくるんだその自信は、と思ったけれどさらりと言われたその言葉に不覚にもどきどきしてしまったのだから私は完全に翻弄されている。
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