短編 | ナノ

ガムシロは一つで充分



俺が後ろから腕を回すとさして驚いた様子もなく『錫也先輩?』と見上げてきた。
うん、ちょっと面白くない。

『どうかしたんですか?』

首だけ俺の方へ向けて、茶色の瞳でこちらをじいっと見つめる。

「暇だなって、思ってさ」
『あ、あとちょっとなんです…!』

そう言って止めていたシャーペンを動かし始めた。
神話科のレポートらしく、天文科の俺には教えることも出来ず。
こういうとき同じ科だったらなあ、なんて思うけど転科ができるわけないので俺はふう、と小さくため息。

『ひ、う!?』
「………」

………なんという、声をあげてくれちゃってるんだろう。この子ってやつは。
俺がため息をした位置が悪かったのかもしれない。ちょうどそこは首元にあたる位置で。
だからって彼氏だけど男と二人っきりのときにそんな声をあげるのは感心しない。
止められるわけ、ないだろうに。だけれど俺は自分の理性の崩壊をギリギリのところですん止めた。ひび割れに留まった。

「…今のダメ、ほんっと、だめだから」

はああ、とため息をつきながら抱きしめる力を強める。
慌てる夢の顔は簡単に想像がつく。

『わ、私のせいじゃ…!』

ないです、真っ赤になって涙目になって。
もうほんと無理、我慢できなくなるからそういう反応ほんとやめてほしい。

「俺以外のやつにそんな反応したら駄目だからな」

分かった?
きっとそれでもくすぐりに弱い夢は多分そういう反応をしちゃうんだろうけど、せめてもの口約束で。
そのつもりでそういう問いかけをする、と。

『せ、先輩だからですよ…』

真っ赤な顔で、きっと夢にとってはただの事実たけれど、ぎりぎりひび割れに留まっていた俺の理性が完全にがらがらと音をたてて崩れた。
ほんともう。

「勘弁して…」
『えええ!?』

意味分かんないです!そう訴える夢の頬に一つキスを落とした。


ガムシロは一つで充分


◎東月錫也/stsk






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