曖昧 | ナノ


面倒なのに捕まった、そう思いながら掴まれた腕へ視線を落とす。ああ、やっぱり日向君達と一緒に行動するべきだったと後悔したってもう遅い。ねえ、相田さん。いいだろ?何処の学部かも知らない、恐らくは年上の人達には溜息も出ない。
大学に入って、高校時代から願掛けに伸ばしていた髪は随分と長くなった。リコ姉は長くても可愛いよ。なんてあの能天気馬鹿が言うから、会えるまではショートに戻さないと決めたんだ。彼氏がいるんです、離して下さい。そう言ってもまたまた、いつもの面子は友達なんでしょ?って通用しない。
(それより、何で人の情報そんなに知ってんのよ!)


「いいじゃんご飯くらいさー」
「すみません、この後は母校でバスケ指導を」
「相田さんになら俺もバスケ教わりたいなー」
「止めてください!」


髪なんて伸ばすんじゃなかった、幸なんて待ってるんじゃなかった。一年以上経っても、未だにあの頃同様音沙汰はない。手術が成功したのかも、リハビリが順調なのかもわからなくて不安ばかりが募る。気が強い所とかも俺は好みだなあ、なんてアンタの趣味は聞いてないの。
本当に、離してください。嫌だという感情が、じわり目尻へ涙を少しずつ溜めていく。横をそそくさと通っていく他の学生達も、こちらを見てはいるのに助ける気はないらしい。足を思いっきり踏めば、怯むかも。その隙にダッシュをすれば逃げきれる気がする。よし、せーの!心の中で勢いをつけた瞬間、浮いたのは両足だった


「きゃあ!」
「逆上されたら手に負えないから危ないよ」
「‥は?」
「ただいま、リコ姉」


視線がいつもより高くて、下から、誰かの声がする。そう思ってチラッとだけ下を見ればにこにこ笑う幸が其処にはいた。急な展開過ぎて言葉にならなず、瞬きだけを繰り返す。おかえり、とか足はもう治ったのとか。それより連絡ぐらいしなさいよ。それらの言葉を全部言う前に、彼の冷えた声が先輩達へ向いた。
俺のなんですけど、何か御用ですか。抱き上げられて身動きが取れない私の頬にキスをして、幸は二度とこの人に話しかけないで下さい。そう言い切ったけど、それ笑ってるつもりなの、怖いわよ。
(もう、調子狂う‥)


「何だったの、アイツ等」
「‥ナンパ?」
「俺のリコ姉に、ねえ‥」
「ちょっと、まだ私はアンタのじゃ」
「えー!」


幸の迫力に怖気づいたのらしい先輩達はそそくさと去っていき、幸はよいしょっと私を下ろす。改めてただいま、あの日より少し身長が伸びたんじゃない?声も低くなってる気がするし、男の子の成長って怖い。そんな事を考えていれば、少しだけ緊張を滲ませる幸の声が、私の耳に届く。
早速だけどあの日の返事、聞かせて下さい。
優しく手を握られ、硬くなった表情を見上げる。いつだって幸は一生懸命で、だけど頑張り過ぎて空回ってしまう所が放って置けなかった。私にまで幸の緊張が移ってしまいそうで、ぎゅっと手を握り返す


「幸が、好き」
「!うん、俺も、好きです」
「もう日本に居てくれる、の?」
「‥たぶん?」
「日本に居なさい」


暫くはいるよ、その言葉の意味を知るのは少し先の話になる。誠凛高校へ再び通うことになった幸はバスケ部に入り、インターハイで大暴れ。火神君とWエースなんて言われるようになり、月バスにはあの頃と全く違う笑顔で載っていた。もう大丈夫ね、本屋に並ぶ一冊を手に取りレジへと向かう。もう誰も、何も、彼からバスケを奪ったりしない。
幸達の戦いは、全て終わった。大学はどうするの?きっと私と同じところだと言うと思っていたのに。幸はあっけらかんと、アメリカに行くと言い出すから言葉につまる。NBAに、行くの?その声が、震えた


「大輝と挑戦する、誘いがあったから」
「そう、」
「リコ姉、また待たせる事になるけど必ず迎えに来る。本当は連れて行きたいけど、そんなお金もないし」
「‥三年よ」


え?きょとん、とする幸にもう一度告げる。ああ、涙なんか流れるな。寂しいなんて思うな。永遠の別れでもないのに、だけどまた彼が私のすぐ近くにはいてくれないと思うとどうしようもなく切なくなった。
必ず、約束する。涙を掬うようにして目尻へ落とされるキスも、壊れ物みたいに私を抱きしめるこの腕とも、また暫くお別れ。三年過ぎたら違う男と付き合って結婚してやるから、その言葉に幸は一年で帰ってきてやると余裕そうに、笑った


待ち人、未だ来ずとも



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