YWPD | ナノ


▽ 2日目




○ストレートすぎる、御堂筋翔くん


お昼寝が終わり、おやつを食べていた。
ちなみに今日のおやつはバナナ。荒北せんせいが「おっきーのほしい子ォ?」と聞いて、年長組の子どもが大人げなくジャンケン全勝していった。


小野田は、イスに座っておやつに没頭する子どもの背中を見て、雑巾の用意をしようかなと思っていた。
ふと、そんな彼を呼ぶ声がする。

「せんせぇ」

「ん?」
見るとそれは翔だった。いつも俯いてるような、目だけをこちらに向けて何かを伝えたそうにしている子どもだ。

「どうしたの?」
「きてきて」

翔が手をおいでおいでする。
実のところ小野田は驚いていた。なぜなら、今まで小野田は翔という子どもと話したことが、僅かしかなかったからだ。それこそ片手ほど。
外に行ってもいっしょに遊んだことはないし、ご飯もとなりに座ったことがない。
本当にはじめての接近だ。

「なにかあったの?」

小野田が翔の椅子のとなりにしゃがみこむ。
心から不思議に思って、耳を傾けた。

「あんな、きみぃのことな」
「うん?」
「しゅき」
「……へ?」

驚きすぎて固まった。
するとそのまま、翔は耳元でこう言った。

「やから、けっこんしたい」
「え、え? あの」

パニックになりかける。男と男は結婚できないだの、てか子どもが大人と付き合うのは犯罪じゃないかだの、色々と頭をめぐってもう大混乱。しかしながらこれでも小野田は立派な大学生、つまり大人だ。
ハッとして他のだれも聞いてないことを確認してから、小野田は翔の方を向く。

「ありがとう。でもあれじゃない、お母さん悲しむよ? 結婚しちゃったら」
「……おばあちゃん、かなしむかなぁ?」
「おばあちゃんか! でも、悲しませるのはやだね」
「じゃあ、あれやね。おばあちゃんとせんせと、けっこんする」
「一夫多妻だね!」

つっこんだ小野田をよそに翔は口をニヤッとさせながら、テーブルのおやつを口に運びはじめた。
男同士だとか女同士だとか気にしない小野田だからこそのこの反応が、良かったのか悪かったのか。

わかったのは、後日のことである。







○荒北せんせいが言うには


小野田が翔の家庭のことを知ったのは、昼休憩でのことである。
お茶を飲みながら、塔一郎のライザ○プのことや隼人の好き嫌いのことを話していた。そのときふと、小野田は聞いてみた。

「そういえば翔くんのことなんですけど……」
「御堂筋か。どうかしたのか、小野田ちゃん?」
「はい、あの……彼ってどんな子なんですか?」
「どんなっつってもな……家庭が複雑?」
「ぇ」

息をのんだ。
飲み込めない話と声に出せない戸惑い。
そのまま無言でいれば、気づいた様子の荒北せんせいが犬歯をのぞかせながらまんじゅうをつまんだ。

「父親不在、で、母親も入院中だよな……頼りは保育園ってことだネェ」
「それは、あの」
「子どもの頃にちょっとでも頼れる奴、安心できる奴がいたら、子どもはまっとうに生きてけるはずじゃネェの?」
「……翔くん、おばあちゃんが心配してくれるって言ってました」
「ならよかったな」

荒北せんせいは軽快に笑ってみせた。もともとの悪人面のせいで怖くみられがちだが、どこか面倒見のよい兄貴のにおいがする先生だ。だからか隼人もなついている。
そういえば、と小野田は本題を切り出す。

「今日、その」
「あ?」
「翔くんに、好きって言われました」
「……え、あ、良かったな?」
「はい。で……えっと、結婚したいとも言われました」
「か、かわいいじゃねえか?」
「あと、お母さんがいないって知らなくて……お母さん悲しむよって言ったら、おばあちゃんが悲しむって。だから三人で結婚しようって言われました」
「おそろしい奴だな」
「無垢って怖いですね……」


なんとも言えない空気が漂った休憩室だった。








○それからの御堂筋翔くん


「せんせえ、きて」

夕方、ある程度の子どものお迎えが終わってもまだ翔は保育園にいた。
奥のテーブルでチラシの裏を広げては手に色鉛筆を持ち、目で小野田を急かしている。

先日の荒北せんせいの話のせいで翔と目が合うと、なんとも言えない気持ちになるが、それでも子どもが可愛い小野田は翔の声を無視できるはすがない。

「みみかして」
「はーい?」

前と一緒だな、と思いながら小野田はかがむ。
子どもは飽きっぽい。今度はどんな違うひそひそ話をしてくれるのだろうか、楽観的に小野田が耳を傾けた。

翔が右耳に口を寄せる。

「おのだせんせ、しゅき」
「ぁ……えっと、」

ハッとして前のことを思い出した。しかし今回はすぐに動けた。
小野田はニコッと笑って、翔の方を見た。ほぼ頬がくっつきそうだ。

「先生も翔くんのこと、だーいすきだよ!」
「……!!」

すると突然、ガバっと首が絞められた。

「うぇッ」
「せんせ、けっこん! けっこんする!! しゅきー!」
「死ぬ、死ぬから……! ぐるしぃ!!」
「しぬは、こまる」

そう言って首から少し離れた翔は、その際にチュッと小野田の右頬にキスをしてきた。
驚いて翔の顔を見る。目の焦点が合わないぐらい近くにいた彼は、それでも頬をちょっとばかり赤くして幸せそうにしていた。


あのとき、
『同姓は結婚できないよ。おかしいよ』
と言わなくてよかった。

そう、小野田は思った。








○見られてますよ、荒北せんせい!


その日は早帰りが多い土曜日だった。
少ない人数での園庭遊びということもあって、荒北せんせいは園外と中、どちらにいれば良いのか考えあぐねていた。

(ま、掃除も小野田ちゃんがしてくれたし、外いるか)

一度、園庭に出てから玄関に引き戻していた荒北せんせいだが、やることがないことに気づいて、園庭で子どもと遊ぶかと考えを改めた。

そして引き返して園庭にある砂場のとなりを通ろうとしたときだ。

「せんせぇ〜」
「うおっ!? って隼人か、驚いたわ。とっくの昔に帰ったんじゃないノォ?」
「あんな、ママがおしゃべりしてる!」
「あー井戸端会議ね」

隼人の指差す方を見ると、そこには近くの公園があり、そこで女性たちが集まっているのがわかった。
つまらないのだろう隼人は昼寝の時と同じ格好でフェンスの向こうに立ち、荒北せんせいを呼んだということだ。

「なんだ、すっげぇ嬉しそーだな?」
「えへへ。ありゃきたせんせ」
「あ"?」
「さっき、そといたでしょ? で、なかはいろうとして、また、でたでしょ?」
「……よく見てんな」

荒北せんせいが唖然として隼人に言うと、なにを勘違いしたか自信満々にニコッと笑った隼人が言う。

「だって、ありゃきたせんせーのこと、すきだから。ずーっとみてた」
「……お、おう。俺も好きだけど」

子どもの好意には好意を持って。……が、身に染みている荒北せんせいがそう答える。
すると隼人は少し照れたように肩をすくめた。しかし、突然となりから入った横槍に驚く。

「しょーきちは? なあなあ、しょーきちは!?」
「うわっ! しょーきちくんのすきと、せんせーのすきは、ちがうから!」
「なんでなん?」
「なんでも!」

そう言った隼人は恥ずかしそうに顔をこちらから背けて、フェンスから離れた。
そのまま母親のところに行ってしまった。
残された章吉は不思議そうに首をかしげて、それから荒北せんせいの方を見た。

「しょーきちも、せんせぇすきやで?」
「ありがとーよ」

幼い章吉の仕草を見て、思わず荒北せんせいは吹き出してしまった。





prev / next

[ back ]