YWPD | ナノ


▽ 1日目


 



○今泉俊輔のタオルの名前


弱ペダ保育園の昼ご飯は給食である。前に小野田が土曜日保育に入った時には、オムライスwith名前ケチャップが出てきた。ちなみに外遊びがまだしたいとぐずっていた子どもたちは、荒北せんせいが放った、
「じゃあオムライスの名前を“やすとも”にして、もらっちまおーっと」
の台詞に固まって、口々に、
「おむらいす……」
「ゆーしゅけのなまえ、あるんショ?」
と慌てて靴を脱ぎに来たものだ。

もちろん帽子と靴下を脱ぎ忘れてたりホールを走ったりした、年中組のパンダ組さんの章吉は、荒北せんせいに捕まっていたが。



そして今日のご飯は、わかめと豆腐入りお味噌汁とご飯、ひき肉のミートソース炒めと細かくしたアスパラガスの卵とじ、そしてキュウリの酢の物だ。あとバナナがデザートにあるので各自取りに行くことになっている。

寒い季節に温かいお味噌汁はとってもありがたいな、と思いながら小野田は、エプロンと三角巾を身に纏っていく。
配膳はすでに他の先生がしてくれているため、自分ができることと言えば子どもの身体を拭くタオルを濡らすことである。

『身体拭きタオル』と書かれたバケツを棚から取り出して、子ども用トイレの横の緑のボタンを押す。そのまま浴槽のホースから水を出してそれがお湯に変わるまで待つ。そのあいだ暇な小野田は、バケツを片手にトイレの中でボーっとしていると、なぜか箸セットを出していたはずの山岳がやってきた。

「なにやってるの、せんせ?」
「みんなの身体拭くタオル、温めてるんだよ。山岳くんはトイレ?」
「うん」

じゃあ早くトイレして、ご飯の所に戻らないとね。
そう小野田が話しかけるが、どうしたことか山岳は小野田をじーっと見たまま。ふと口を開いた。

「ごはん、いっしょにたべよ?」
「あーえっと。うん? お仕事終わったらね?」
「まってるね!」

顔を綻ばせた山岳はやっとトイレの個室に入っていった。それをみて、可愛いな〜と小野田は笑ってからバケツにお湯を溜めはじめる。


ところでこんだけ可愛いお願いをされても、それが聞けないことがある。理由は簡単。
子どもがちゃんと身体拭きのタオルを出してくれていないから。

登園している人数とタオルケースに入っているタオルの数がどうしても合わない。そのことに気づいた小野田は名前なしのタオルを携えながら立ち上がる。そして、テーブルですでに食べ始めていた子どもたちに声をかけた。

「迷子のタオルのお知らせです〜! この黄色にピンクのウサギさんのかかれたタオルは、誰のですか?」
「じんぱちちがーう」
「ゆーしゅけ、ちゃーう」

「しゅんすけの」
「……俊輔さん、そろそろお母さんに名前書いてもらってね。前も迷子になってたからね!」
「ママのだからかけない」
「ママの持ってこないでね!」

怒っているのか困っているのかわからない、ぶきっちょな表情の俊輔の頭を撫でてから小野田は今度は、
「身体拭きのタオル、忘れたお友達はいませんかー?」
とたずねた。

「あ、小野田ちゃん。寿一がタオル忘れてっから、あとで俺が取りに行ってくらァ」
「寿一くん……了解しました!」

苦笑いしながら小野田はバケツのところに戻った。


ちゃんとご飯にありつけたとき、もうすでに子どもの多くは昼食をとり終えていた。
約束していた山岳も丁度食べ終わったようで、
「せんせ、遅いから!」
とぷくーっと膨れている。これはまたお詫びに遊んでやらねば、と謝っておいた。










○コンビニ弁当と手づくり弁当の違い


「こっち、こっちあいとるで!」

見れば章吉がとなりの椅子の背中を叩いている。
いつもは食べるのが早い章吉にしては珍しい、と思いながら小野田はそちらに向かった。
「となりいいですか?」
「「「いいですよー!」」」
「ありがとうございます!」
座り際に声をかけてオッケーをもらってから、椅子に腰かけた。

「せんせーおそかったな! なんでなん?」
「ちょっとお仕事してたんだよ」
「なんのおしごと?」
「ばかか、しょうきち。そんなのいえるはずないだろ、こどもに」
「なんやとースカシ!」
「スカシじゃない、しゅんすけだ!」
「スカシでじゅーぶんや!!」
「ご飯中に喧嘩しないでください!」

負けず嫌いの章吉がとなりに俊輔を座らせただけでも、あ……喧嘩するね! と予想できるのだが、はてどうしてとなりに彼を座らせたのか。
気が立った様子の二人に、ふと小野田は突拍子のない話をしはじめた。

「せ、先生はいつもお弁当です!」
「?」
「ちなみに今日は、コンビニ弁当です!」
「しょーきちはな、きゅうしょく!!」
「そうだね! それで、先生が手づくりのお弁当のときは……なんと!」
「?」
「一日みんなといれるときです!」

そう話したとき、章吉はぽかーんとしていた。

「……なんで?」
「先生なりに気合いを入れるためです!」
「いちにちは、ばんまで?」
「(晩ってわかるんだ)んー、ちがうかな?」
「じゃあ、よる?」
「んー」
「ゆうがた!」
「うん、そうだよ。みんながお昼寝してるときもずーっといるよ!」

小野田はなんとなくその話をした。まあ、最近手作り弁当を作ってないことを荒北せんせいに叱られそうだったから、ということもあるが。
その話をし終えたとき、ふと章吉が目を輝かせて言った。

「じゃあせんせー、つぎくるときな、おべんとうつくってきてや!」
「へ、」
「ぜったいやで!!」
「(それ逆なんだけどー!!?)
 あ……そ、そうだね。が、がんばってみるね……」

お弁当を作れば、1日いれる。そう信じる章吉の笑顔が眩しかった。
本音を言えないのが、とてもつらかったので、当分は子どもをぬか喜びさせる言葉は控えよう、と決心した小野田だった。










○真剣なおとこ、福富寿一


寒い冬は外に出たくないものだが、そんなことも言ってられないのが子どもの前である。
北風がびゅーびゅー吹く中でも元気な子どもは、平気で1時間外にいたがる。

それは最近『まだまだ』を身に付け始めた赤ちゃんも同じだ。

「寿一クぅン、お部屋はいるヨォ」
「まーだまだ」
「じゅ……じゅいちくぅぅうんん!! それ三回目なんだけどォ?! 俺もう寒いンだけど!!」
「これーくらい、これーくらい、まーだまだ」
「歌じゃなくてよおおおオ"!! 寒みぃヨ!!!」
「まーだまだ」

かたくなに砂場のスコップを離さない赤ちゃん、寿一に痺れを切らした荒北せんせい。
ついに三十分の『お魚天国with砂場』に終止符が打たれてしまった。

「まだまだー!」
「鼻真っ赤じゃねえか、寿一ちゃん!!」

鼻が赤いのは荒北せんせいも同じである。なんせ彼は今日、上着を忘れて半袖に薄長いヒートテックを着ているだけだから。
なぜこんな真冬に半袖をわざわざ着てきたかと言うと、寿一と同じウサギ組さんの塔一郎に、
「キラキラのふく、しゅき。きてきて」
とせがまれたからである。子どもは無垢なので寒い日にヒートテックon半袖がどれだけ寒いのかわからないだろう。半泣き半ギレ状態で荒北せんせいは、今日を生きている。











○鬼ごっこがこわい巻島裕介


お庭でかけっこをしている幼児さんたち。本当に元気、あっぱれなぐらいだ。走り回りすぎたせいか、そのうち上着を脱ぎ先生に預ける子どもさえ出てきた。
汗が出てきて気持ちが悪い裕介も、その一人だ。

「てちませんせ、これあずかってるショ」
「おう、忘れずに取りに来いよ」
「あい」

足をがに股に頭をうなずかせた裕介は、その足のままさっきまで一緒に遊んでいた尽八のところに戻る。
ちょうど尽八命名『おおかみとヒヨコさんごっこ』が終わったところで、みんな次の遊びを考えていた。

裕介としてはまだ同じ遊びをしたかったが、それだとあとで隼人に嫌がらせをされそうだ。
隼人はいつも嫌なことがあるとおやつを盗んでくる。片手を銃の形にして脅しながら。
荒北せんせいがいれば隼人も大人しいが、残念ながら荒北せんせいは今日は赤ちゃん組の担当だ。

「なにかちがう、あそびするっショ」
「むずかしいな……もぐもぐ」
「じゃあさ鬼ごっこしよう!」
「いやショ」
「いいじゃないか……もぐもぐ」
「……おとうさんゆびしゃぶってると、なくなるショ」
「はえてくるもん!」
「いや、はえないショ」

鬼ごっこそっちのけで裕介と隼人が言い合いをしていると、玄関から小野田がやってきた。

「喧嘩してないかな、優しくお話ししてね」
「「「おのだせんせー!」」」
「いっしょにあそぶ、ショ!」
「お掃除終わったからいいですよ」
「鬼ごっこー!!」

小野田のことが大好きな裕介がハイテンションで小野田の足をクライミングしているうちに、尽八がここぞとばかりに鬼ごっこを提示した。
小野田は自分の腰にしがみつく裕介の表情がみえないまま、うなずいてしまった。

尽八の傍らでやたら嬉しそうだったのは、隼人だ。
鬼と聞いては黙っちゃいない。隼人は鬼が大好きだった。足の速い隼人が鬼になったときは、次々にみんなを捕まえてしまう。そのため鬼は一人しかなれないことになっていた。
鬼がつく遊びはいわば、隼人のためにあるようなものだった。

「せんせ! はやと、してもいいぜ?」
「何をするの?」
「おに!!」
「じゃあさじゃあさ、はやとがオニして! じんぱちと巻ちゃんとせんせー、にげるのは!?」
「みんながいいんなら、先生もいいよ」

満場一致で隼人が鬼になることになった。
しかしながらここで問題があった。小野田も気づかないこと。それは隼人が鬼になって少し経ったときに顕著に現れた。


「せんせー」

隼人がふと、小野田のところにやって来た。
変わり鬼のため今は隼人が鬼ではない。

「どうしたの、隼人くん?」
「みんなあつめてほしいんだ」
「どうかしたの?」
「あんな、ゆーすけがな、オニしてくれない」
「裕介くんが?」

不思議に思い、隼人が指差す方を見るともじもじと鉄棒に凭れながらこちらをうかがう裕介がいた。
小野田がおいでおいでと手を振っても、肩をすくめて泣きそうにするだけだった。
しょうがないため先に隼人に話を聞くことにする。

「なにかあったのかな?」
「はやとがタッチしたのに、ゆーすけ、“や!”っていうんだ」
「いやって?」
「うん。オニしてくれない……」
「それは隼人くんもイヤだね?」
「うん……」
「じゃあ、ちゃんと裕介くんにもお話聞いてみよっか」
「ん」

隼人がうなずいたのを見てから、もう一度裕介をよんだ。すると裕介は叱られると思ったのか、ぴゃっ! と鉄棒の後ろに隠れてしまった。
顔以外見えてるんだけどな……と思いながら、
「おはなし聞かせてくれないかな? 聞くだけだよ?」
と小野田が言った。
そこでやっと裕介はちまちまと近寄ってきた。


裕介は独特な感性を持っている部分がある。
ある意味芸術肌というか、そういうところがある。
だから、今回のこともなにか隼人にはわからない『イヤなこと』があったのかもしれないと、小野田は考えた。
小野田の腕にしがみついてきた裕介の後ろには、いつの間に逃げるのをやめていたのか、尽八も戻ってきていた。

裕介が目を泳がせながら話はじめる。


「おに、こわい……しょ」
「こわいの?」
「(コクン) おに、たべるしょ」
「たべないよ!!」
「ひっ」
「隼人くん、あとで教えてあげてね。いまは裕介くんのお話聞こうね」

「ぁ……しょ。おには、いや、ショ」
「鬼はイヤなんだね。でも困ったね、鬼ごっこは捕まったお友だちがオニしなくちゃいけないから、裕介くん遊びにくいね?」
「うぅ〜」
「それはいかんな巻ちゃん! オニはオニでも、ほんとのオニじゃないぞ!」
「こわい、の」

尽八が後ろから励ますつもりで大きな声をかけたせいで、とうとう裕介がポロッと涙をこぼした。

「な、なかなくていいぞ巻ちゃん?」
「こわいしょ、ぉ……」
「えほんのなかだけだから! はやとのオニは、こわくない!!」
「やー!」

えんえんと泣きはじめた裕介に、わたわたと慌てる男ふたり。
どうにもこうにもいかないので、小野田は裕介を抱き寄せて頭を撫でてやった。

「こわかったんだね」
「ふぇ、え、うえ」
「大丈夫だよ、鬼さんは怖いかもしれないけど、お友だちの鬼さんは優しいからね」
「うぇ、こわい、しょ……」
「じゃあちょっとの間、鬼がつく遊びはやめておこっか?」
「う、ぅん……」

え、と固まったのは隼人と尽八の方だ。でもねと小野田は続ける。

「でもこれだけは分かっててね。悪い鬼さんばっかりじゃないからね、また大丈夫になったら、遊ぼうね」
「こわい、ぃ……」
「かくれんぼ、とかだったら大丈夫?」
「……かくれんぼする、しょ」
「うん、じゃあやろっか!」

慌てふためいていた二人の子どもにおいでおいでをして、小野田は新しいあそびを提案した。
近いうちに節分があるのに大丈夫なのかな、と不安な気持ちは拭えないが。










○塔一郎、マッチョ計画


泉田塔一郎くんは1才です。しかも誕生月の関係で発達がのんびりしてます。
というわけで最近まで移動手段がハイハイだった塔一郎が歩けるようになって、それはもうみんな拍手の嵐だった。

「きゃー! 塔くんが立ったわ!!」
「かちこいでちゅね〜塔くぅぅん!!」
「(狂気の沙汰としか思えない喜び方……)がんばったネェ」

荒北せんせいは厳つい顔を歪ませながら、口角をどうにか上げていた。
しかしながらあることに気づいた。

「あ"?」

なんか塔一郎……太ってねえか?

よくよく見てみれば、成長したというより、顔の肉付きが良くなっているように見える。
しかも着替え中のお腹も最高に出べそだ。

「先生、あいつなんか太ってません?」
「荒北先生も気がついた?」
「はあ」
「私たちも困ってたの〜だからね、あれを最近はじめたの!」

あれ……?

女の先生が指差した先には、テーブルからテーブルまでを何回も歩いている塔一郎の姿だった。
正直、ただ歩いているようにしか見えない。

「あれは」
「ライザ○プ!」
「へ?」
「塔くん、ライザ○プはじめたのよね〜! ご飯も調理士さんに頼んでいろいろ工夫してもらってるし、運動も増やして!」
「目指せマッチョ! って感じね」

「……あはは」


さてさて、本当に彼のポッチャリは解消されるのか。結果はWebで!





prev / next

[ back ]