▽ D
「『りんご』は『りんご』」
「忘れるための忘却の果実―――って言ったらきっとチョロ松は怒るよな」
カラ松はひとりで笑った。静かに、泣いているように。
「前もそのまえも、『りんご』はチョロ松の役目だった。……おかしくないか」
「だっておそ松兄さんが、ズルしてるもん」
「……知ってたのか十四松」
「うん」
ならなんで、と罵らないのはカラ松が優しいからだ。十四松は申し訳なくなってテーブルに頭を擦り付けてポロポロと涙を零す。
カラ松はどうもできずに、同じように泣く。
「いつになったらこのゲームは終わるんだっ、もう飽きただろうに兄さんも!」
「むりだよカラ松兄さん……おそ松兄さん、すごいから」
「すごい……嗚呼そうだな」
何が凄いのか、カラ松には言わなくても分かった。
そうだな。おそ松は―――執着がすごい。一度決めたら駄々を捏ねる子どものように我儘で手に入るまで執着し続ける。もしもそれが一度ならいい。だって手に入れば次の世界では諦めるのだから。
だが。
こと三男についてのおそ松は恐ろしい。
どんなに手に入れても手に入れても、何が足りないのか欲が溢れるように求めていく。まるで野菜の茎から根っこに至るまですべてを余すことなく使用する料理のように、毛から爪まで声から視線全てを欲して。
ついには殺してしまうのだから仕方がない。
何が足りないのかカラ松には理解できなかった。
「この世界の祖父まで使ってチョロ松を家によぶなんて……テレビに出たいって言ったのも、気づかせるためかっ?」
近く気づかずに役者を目指しついに叶えられたと喜んでいた過去の自分が、カラ松は憎くて仕方が無かった。
弟が苦しい目に遭うというのにそれを防げなくて一体何度目だ、と。
いつの間にか始まったこのゲーム
ルールは簡単
転生する前にグラスの血を飲み込むだけ
ただしその中に一つだけ、『りんご』がはいっている
『りんご』は特別だ
飲んだ者の記憶を消し去るのだから。
それを持ちかけたのはおそ松だった。
何度も作者の都合で死ぬことがある六つ子のこと、はたはた色んな世界に生まれ変わるのは飽きてきていたのだ。最初は誰もがその提案に、「名案だ!」と食いついた。
いま思えばあれも、おそ松の罠だったのだろう。
『じゃあみんな引いたか?』
『あれ、おそ松兄さん。なんで一つグラスが余るの?』
『良いところに気づいたなチョロ松! 六つだと誰かが絶対に『りんご』に当たるだろ? それじゃ面白くない。だから時々は誰も当たらない世界をまた繰り返してもいいんじゃね? ってこと』
『ふーん』
まあいいけど、そう言ってからすぐにグラスを傾けた六つ子たち。
未だにその世界は巡ってこない。
「―――あきらめない」
そう溢したのはいつも笑っている五男だった。
END.
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