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▽ 僕の彼氏は武器になる。


 


 
武器と魔法と機械と、それらによってこの世界は成り立っている。
警察は脳ミソ腐ってんのかってぐらい働いてくれないがために、自分の身は自分で守るのが当たり前のこの国において、窃盗強盗は日常茶飯事だ。別にそれが悪いとは思わない。申し訳ないが力のない者が生活できるほど、調った国じゃないもんでな。


「……こっち来たよ。そんなカッコつける前に足動かせって!」
「ふっ。心配はいらないぞマイブラ」
「足動かせつっただろうがっ、こけてんじゃねえええええ!!!」

民家の屋根の上で怒声を響かせている弟、いまにもこっちに飛び降りてきて頭をどついてきそうな形相だ。実際その手元に盗んだ林檎の袋が無ければ、そうしたに違いない。
アイツは優しいから俺のことを放って行きはしないのだ。

そのため逃げればいいのに逃げず、屋根から転げ落ちた俺が這いあがってくるのを待っている。足手まといだと感じたら置いて行けって言ったのにな。


俺が長い青髪を高い位置で括り直しながら苦笑いを浮かべるのと、後ろの路地から追いかけてきた柄の悪い連中が姿を現したのは、ほぼ同時だった。



「やっと追いついたぞゴラぁあああ!!」
「よくも、はあ……よくも商品盗んでくれたな!!!」

「おっとこれは何とも、劇中の悪役のような風貌のおでましだな。そんな輩が魅惑の果実を売っているとは信じがたい」


俺がサングラスの位置をなおしながら肩をすくめて立ち上がると、周囲を囲まれる。ざっとみたところ七人程度といったところか。
これはちょうど、アイツの敵にふさわしい人数だ。そう考えていると、ちょうど声を掛けられた。
「……ちょっと」
苛立っている声色。どうも俺の弟は短気なところがあるようで、さっさと屈んでと眼で合図してきた。


「なに無視してくれてんだゴラああ゛あ!! ナメてんのか!?」
「いやなに気にするな。ちょっと愛しの君の姿に酔わしてもらおうと視線を、な」
「意味不明なことをいってんじゃねーよ!! キモイこと言いやがって! 商品のぶん、利子つけて返……」


「愛しの君とか、マジないから。次同じこと言ったら晩飯抜きねカラ松」

台詞が降ってきたことに気を取られた男たちが、天を仰ぐ。反り返った喉元を何かが貫いていく。外れることなく綺麗な軌道を描いて、真っすぐに。相も変わらず舞を踊るように手裏剣を打つその姿は、拍手を送りたくなるほど幻想的な光景だ。


ボーっとして見惚れていると、当事者が檄を飛ばしてきた。

「おいカラ松見惚れてないでどうにかしろって! 僕だけじゃ、っと、ほら手裏剣足りないだろ!!」
「わ、わるい……お前があんまりにもスゴイから」
「言い訳けっこう!」


しゃがんだ状態から腰をすこし浮かせると、そこで背後からの風の流れが変わったことに気づく。相手は二人ほど。短剣を振りかざそうとしているのだろうか、腕を動かしたときに発生する風の動きに似ている。
咄嗟に俺はその場で右に転がる。
すると俺が先ほどまでいたその場所に手裏剣が降って来る。現れた二人の男の背中が赤く染められた。



「「ギイィヤぁああ!!」」


着物の懐に手を忍ばせて新しい手裏剣を取り出す弟、チョロ松の足りない分のため、俺は刺さった手裏剣を二枚回収した。


「っとに、カラ松も後ろに下がって!」
「チョロ松助かったぞ。ああそうする!」



下がりざまに正面に現れたひときわ大きな男が、俺の存在に気づいて拳を振りあげようとした。それをみてふと俺は胸が躍る。嗚呼これで接近戦ができる。
久しぶりだ、チョロ松が禁止してきた半年以来じゃないか。

男の拳が前に来るのをスローモーションで確認しながら、逆に避ける。ひらりと左に身をかわしてから手裏剣を持っていない右拳を、ひじ関節にお見舞いする。男がその打撃の痺れに腕をがくんと落とす。
その瞬間を見て俺は鳩尾に回し蹴りを加えた。


「おッ、ゴわァ!!」

唾液を飛ばしながら地に沈む男を視界の端で確認しながら、俺は清々しい気持ちでチョロ松の待つ屋根にジャンプして飛び乗る。




するとそこで待っていた愛しのブラザーに舌打ちを貰った。


「手を出すなって言っただろ、カラ松」
「すまない。ひさびさだったから止められなくて……」
「お前の技は特別だから手口が割り出されやすくて、面倒なことになるから手を出すなって言ったのに……ああもういいからっ、早く援護して!」


切り替えの早い弟が、髪をかき乱しながら眼鏡を懐にしまった。真剣になった証拠だ。
短気だけど切り替えの早いところがチョロ松の長所だ。俺も見習わなくてはな―――と思いつつ、複数の鎖の先端に球状のおもりを取り付けた武器を取り出す。今日の晩飯のために鹿を捕まえようと準備していたのが役に立つ。

中央の鎖を回しながら、残りの敵の数を数える。

「いち、に……三人か」
「残しといても本名バレたから面倒だし、ヤるよ」
「御意」


グワングワンっ、と遠心力が十分にきいたボーラを咄嗟に手から離す。ひゅんっと良い音をたてながらボーラは敵のひとりの足元に飛ぶ。ああ、イイ感じに今日も飛んだ。伊達にこれで猟をしてないってもんだ。
敵が驚いて情けない声を出す。


「なんだこれっ、みうごきが……」
「―――ごしゅーしょーさま、っと!」
「ッ、ぐぁああああああ!!!」

足に纏わりついたボーラに気を取られて倒れた敵に向かって、お馴染みの手裏剣が打たれる。そのうちに二つ目のボーラを俺は取り出した。


「微塵はあと何個ある?」
「ふっボーラと呼んでくれよ、マイブラ」
「今はそんなことどうでもいいだろ!! 何個だ、おい!」
「い、一個です…!」

俺の台詞を遮ったチョロ松が真剣な顔をしながら、「うんいけるな」と口を小さく動かす。なんでもいいが苛立った時のチョロ松は俺を容赦なく囮に使うので、これ以上口を挟むのを止めよう。


するとまた手裏剣が鮮やかに一人を討った。残りはあと一人、何とも呆気ない終焉。はやく帰って林檎を食べたいと俺は思った。

それにしてもどうしてまたチョロ松はここの林檎が食べたいの言い出したのだろうか? 俺はたしかに甘い物が好きだが、チョロ松自身はそれほどだったはずだ。むしろ香辛料が効いた辛いものが好きなはず。気分だろうか?

それにしてもただか一般人の商人を殺してきたが、今さらながら酷いことをしている気分になる。一応悪いことをしているのは俺達じゃないか……?



眉を寄せていると、残りの一人が何かを喚いていることに気づく。


「みッ見逃してくれ……お、お前たちのことは誰にも言わねえ! 盗んだことは黙っててやるよ!!」
「だそうだ、チョロ松?」

どうする?


そう訊ねようとした俺に対してチョロ松は深くため息を零した。そんなんだから空っぽのカラ松って言われるんだろ、って言葉を付けたしながら。


「聴く気なし。処刑だ」
「そそそんな……ま、待ってくれ! 俺には愛する女房も家にいるし、まだ腹にも赤子が―――あれ? ……おおお前たちまさかっ、あのっ、五年前の戦争孤児の“チョロ松”と“カラ松”か!?」
「……。」
「ま、まさか……ははっ。まさかあの伝説の手裏剣投げの天才が、武変族<ぶへんぞ>とは……」





男の言葉は続かなかった。
チョロ松が眉間を打ったからだ。


「だから手裏剣は“打つ”もんだって、何度言わせるんだよ」






戦闘の度にいっている口癖だった。







 僕の彼氏は武器になる。


 

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