今日は何の日? | ナノ


▽ 難解な生徒の口説き方


 


「……まだ居たんだ」
「ぁ、えっと、はい」

突然ドアが動くもんだから驚いて、そんなありきたりな返事しかできなかった。もし仮に足音なんて聞こえてたんならもっと上手な返事ができただろうに、だとか遅い後悔をする。
面倒なことを嫌うこの先生がなんで教室に戻って来たのか疑問だけど、きっとすぐにまた職員室に戻っちゃうだろうなってことは予想がついた。
ドアをくぐる時に身を屈めないといけないほど身長が高い月島は眠そうに目を細めて、教卓を目指してすたすた歩く。山口はそれをボーっとして見ていたが、視線が鉢合わせすると言い訳ができないことに気づいて逸らす。
テスト勉強用のノートはまだサラだった。

「……ぅ」
またわからない問題に直面した。シャーペンの先が空を切ったまま停止する。



つい先日返却されたテストが思わしくない点数を叩きだした。
特進クラスどうこうというよかこの高校自体が進学校のため、テストというものが応用が効いた難しいものだ。そのせいで、ちょっとやそっとの勉強では解けない。
教科書なんか当てにならないよ―――と言ったのは担任の月島だった。それもニタ〜という嫌な効果音付き。まあ数少ない月島の微笑だったし、クラスの女子は喜んで受け入れていたのだけど。
確かに教科書は当てにならないと思う。だってテストに出される内容が東大だったり慶応だったりの過去問を取り入れたものだったりするし、酷いときは外国の論文から抜粋したものだったこともある。特に月島の担当する化学が今回酷かった。そのせいでこうして居残りをしては、次に備える羽目になった。
テストはまず問題文からおかしい。だって言語が日本語じゃなくて英語だし。それも注さえ付いてないような文、まずそこから進まない。
山口は英語が苦手だった。
問題が読めないようじゃ解答できるはずもない。一問目にすら移れなくて、どんなもんかな〜と山口は教室の一番前の席を揺らしていた。
元をたどれば英語ができないのに、できることありきにテスト問題が作られたせいだ思うと、『月島先生めっ!』と逆恨みしてしまった。山口が、くっそー! と黒板上のスピーカを見上げた時。
月島が教室のドアを揺らしたのだ。
なんとも気まずいと感じてしまうのは致し方ない。


「君みたいにみんな残って勉強するぐらいの気力、見せればいいのに」
「は、はは……俺も進んでないのであんまり言えないっていうか……」
「そこは努力しなよ」

全くもって彼らしくない言葉で言ってくれたもんだ。
山口は苦笑いを浮かべた。努力、だの、一生懸命、だのおおよそ月島が言いそうもない暑っ苦しい言葉。それを彼自ら吐いたことに対して、下手に返事をすることができない山口はやはり笑って誤魔化した。もしかして気だるげな月島なりのジョークだったのかもしれない。最高に伝わりにくい冗談だったけど。
ふと教壇に手を突っ込んだ月島が何かを取り出す。赤色をしたそれは塵取りだ、新品なのか光っている。
一体どうしてそこに入っていたのか―――それを訊ねるより先に月島が顔をチラッと動かして、視線がかち合う。ギクッとなる間もなく話しかけられた。

「窓ぐらい開けときなって」
「え、ごめんなさい?」
「謝るな山口。めんどい……」

言いながら月島は猫のように静かな足音で歩いて、黒板の隣に立てかけたあった箒を右手で取った。なにをするんだろう……まさか掃除? と山口が悶々と考えていると、また視線が合いかける。咄嗟に顔を下げてノートに向けた。教室に気まずい空気が流れる。
いや、そう感じるのはきっと山口だけなんだ。
サッサッと箒の音をさせる月島は至った冷静だ。焦った様子もなく掃除を始めているのだから、気まずさなんて微塵も感じていないのだろう。

(いっつもだ……)







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