▽ 笠松の話
怖い話とは趣旨がずれるんだけどな―――
3分後 この春から俺は一人暮らしを始めた。家賃は5万円ってちょっと高いんだけどな、どうにか自分のバイト代と親からの仕送りで賄ってる。毎月てんてこ舞いな感じだが自分で生活を送ってるっつー疑似体験をすることは何事にも代えがたい経験だ、って親も言ってるしな。
そこの家賃が高い一つの理由がアパートじゃなくて、マンションだってところにある。なんであえてマンションかっていうとそこが大学押しの安全な学生マンションで、これでも随分と安くなってんだよ。しかも大学に近い。ここまでお得にしてもらってて入らない方が間違ってるってもんだ。
バイトをして下宿先に帰ってくるとだいたい九時ぐらいになる。
俺だって男だからな、そんな時間に帰って来てもなにも危機感なんて持ってなかった。道端を歩いても後ろから襲われる心配なんてしたことなかったしな。お金は取られるかも、とは用心してたが。
男の俺が怖がるのはおかしいだろ? なんせマンションには女もいる。そっちのほうが余程危険だろうからな。どうしても男より女の方が腕力でどうしても差ができるしだから、いくら俺が女が苦手だと言っても、いざって時は助けるぐらいの勇気はあった。だがしかし、だ。
マンションは男女共同なんだが、不思議なことに女子の割合が多いんだ。……困るに決まってんだろ、玄関先で鉢合わせになること多いんだからな! しかも男は俺だけだぞ!? どうしろってんだよ…。
そんなマンションで暮らしてたら嫌でも女を意識しないといけなくなる。俺はできるだけ周囲を見て変なことがないかって注意を向けるようになってた。
ある日―――先週の木曜だったか?
たしか木曜だ。
俺がいつものように大学終わりにバイトに行って、帰って来て九時だ、しんどいな〜って冷蔵庫からペットボトル、スポドリな―――を取り出してた時だった。
ピーンポーン
突然玄関でインターフォンが鳴らされた。
……なんだよこんな夜に、常識ない奴だな。
俺は疲れから少しイラッとした。だが、もし隣の人が何か足りない調味料とかを借りに来たんだったらここで怒っても近所付き合いが悪くなるだけだ、と自分を抑えることにした。
こんな時間なんだ、マンションの人に決まっている。
そう俺は思い込んで玄関に向かった。
そのとき、
ピーンポーン
ピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンぴーん……
夥しい回数のチャイムが鳴らされた。
思わず俺は驚いて足が動かなかった。そんで直感的に感じた、これは出ちゃ駄目なやつだ。って
息を潜めてどうにか音が止むのを俺は待つことにした。歯がガチガチっていってた。なさけねーよな? 俺だけがこのマンションで一人だけ男なのに。
それからちょっとして、それは止まった。
やっと止まったんだけど俺は安心できなくて、立ち上がれなかった。
……どうする? 警察呼んだ方が良いのか?
そう考えていると、刹那。
ピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーンピーンポーン ぴーん、ぽーん
「ぁ……ぅあ、…ぁ……」
本気で腰を抜かした。
鼓膜がおかしくなったようにずっと振動を続けてて、気が狂いそうだった。
それが止んでからおよそ3分後。
また同じようにチャイムが鳴らされる。
俺はそのとき咄嗟にメールを打って助けを求めたんだ。そのせいで森山の家に最近お世話になってるって訳なんだが、最近妙な噂を聞いてな。
「ナニかを持った男が、度々マンションのなかで目撃されてるらしい」
もしあれがナイフなら あの日俺が気付かず外に出ていたら どーなってただろうかな?
おしまい。
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