。。。空色キャンディ。。。
僕はその日、周りを歩く同じ学校の生徒の空気がいつもと違うことを感じながら、学校への道を歩いていた。
男子も女子もなんとなくそわそわとした雰囲気だ。
それもそのはず。今日は2月14日、バレンタインデー。
あげる方も貰う方もやはり少し緊張しているのだろう。
僕―――加地葵も、そわそわしていないと言えば嘘になる。
別にチョコが貰えるか貰えないかでそわそわしている訳ではない。
僕にはチョコをくれる1人の大切な存在がいる。
それは、日野香穂子さんだ。
彼女とは高校2年生のクリスマスから付き合っている。
その関係は1年以上たった今でも変わらないでいた。
香穂さんとは普段は一緒に学校に言っているのだが、今日は別々だ。
家を出る前に電話があり、「チョコのラッピングに時間がかかるから先に行って欲しい」と言われたのだ。
僕は待っていると言ったのだが、「ホントに時間かかりそうだから。それに・・・楽しみは後に取っておいた方がいいでしょ?」と香穂さんは言った。
そのため僕は1人で歩いているのだった。
学校に着き教室で本を読んでいると、予鈴が鳴ったところで香穂さんが教室内に慌てて入ってきた。
そして、僕の隣の席に座る。僕たちの席は2年生の時と同じく隣だった。
「おはよう香穂さん」と僕は声をかける。
「おはよう。はぁー、走ったら疲れちゃった」と香穂さんは言う。
「おつかれさま。大丈夫?」
「うん。ラッピングどうにか出来たし、時間にも間に合って良かったよ。本当は昨日やろうと思ってたんだけど、練習してそのまま寝ちゃって・・・」
「君は頑張りすぎだよ。もう少し休まなきゃ」
「そうかもしれないけど・・・でも、いつもお世話になってるみんなにお礼として渡したくて。もちろん、葵くんにも」と香穂さんは最後の方は僕にだけ聞こえるくらいの声で言う。
「うーん、そう言われると言い返せなくなっちゃうな・・・」と僕は言いながら笑う。
「葵くんには放課後に渡すね」と香穂さんは小声で続ける。
「うん。じゃあ、いつもの場所にいるね」と僕も同じように小声で答える。
その時、本鈴が鳴って先生が教室に入って来た。
クラスメイトたちは席に着き、朝のホームルームが始まった。
チャイムの音が学校中に響き渡る。4時間目終了の合図だ。
香穂さんが片付けをしながら僕に話しかけてくる。
「葵くん、一緒にお昼食べない?」
「うん。僕、購買でなにか買ってくるけど、香穂さんは?」
「私は今日、お弁当持って来たよ」と言いながら、香穂さんはかばんからお弁当箱を取り出す。
「じゃあ買ってくるから、ここで待っててくれる?」
「わかった。行ってらっしゃい」と香穂さんは言って、手を振る。
購買に向かって歩いて行く途中、急に後ろから声をかけられた。
「あの、加地先輩」という声に僕は振り向く。
そこに立っていたのは、1人の音楽科の女の子だった。
僕はその子に見覚えがあった。
「えっと、相沢ゆうなさんだよね?」と僕は聞く。
「はいっ・・・覚えていただけてたんですね」と彼女は嬉しそうに言う。
相沢さんは音楽科の1年生。
前に、僕が香穂さんたちとアンサンブルの練習をしていた時に話しかけられたことがあった。
その日、森の広場で練習をする僕たちの周りでは何人かの生徒がその場で足を止めて、演奏を聴いてくれていた。
その中に相沢さんもいたのだ。
『加地先輩。とっても素敵な演奏でした』と彼女は言う。
『ありがとう。でも僕なんてまだまだだよ』
『そんなことないです。私、1年の相沢ゆうなです。ヴィオラ専攻していて・・・加地先輩みたいな演奏が出来るようになりたいです』
『そっか。頑張ってね』
といったような会話をした。
「それで、僕になにか用事?」
「はい。あの・・・・・・これから、屋上にきていただけませんか?」
僕は屋上と聞いて一瞬、普通科の屋上のことかと思ってしまったが、すぐに違うと否定した。
この学校で屋上といえば普通、音楽科の屋上のことだ。まして彼女は音楽科なのだから、なおさらそうだろう。
「うん。わかった。僕用事があるから先に行っててもらってもいいかな?」
「わかりました。それじゃあ・・・」と相沢さんは言って去って行った。
僕はその場でケータイを取り出し、『ちょっと用事が出来ちゃったから、お昼先に食べてて。
ごめんね』と香穂さんにメールを送った。
(今日、屋上に呼び出してくるってことは・・・たぶん、あれだろうな・・・)と僕はメールをしながら考えた。
バレンタイデーに、屋上―――人の少ないところに呼び出すと言ったら。
(・・・告白・・・なんだろうな・・・・・・)
僕は少し重い足取りで屋上に向かった。
「あの、加地先輩。私、先輩のことが・・・・・・好きなんです」
屋上に行き、かけられた言葉。予想通りだった。
いつも人の少ない屋上には、僕と相沢さん以外に誰もいなかった。
目の前の相沢さんは頬を赤く染め、少しうつむいている。
「いきなり付き合って欲しいなんて思ってません。友達からでいいんです」と彼女は一生懸命に僕に自分の思いを伝えようとしている。
僕はそんな様子をみながら、「ごめん。君とは付き合えないんだ」とはっきりと言った。
相沢さんはうつむきがちだった顔をあげて今度はしっかりと僕の顔をみた。
しかし再びうつむいてしまい、「そう・・・ですか・・・」と言った。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「お時間取らせてしまってすいませんでした。これからも応援してます・・・それじゃあ・・・」と言って、僕の顔を見ないようにしながら走って、校舎の中に入っていった。
僕は相沢さんが通った校舎への扉を眺めながらため息をつく。
誰かがどんなに僕を思ってくれても、その気持に答えることは出来ない。
僕が思っているのは、香穂さんだけだから。
(香穂さんにこの事、話した方がいいのかな・・・)
僕は歩き出し、校舎の中へ戻った。
休み時間はまだあるので、行きそびれた購買に行って何か買おうと廊下を歩いていたその時、こちらに向かって歩いてくる人物が目に入った。
そして、その人は僕に話しかけてくる。「葵くん」
「・・・香穂さん。お昼はもう食べたの?」と僕はなるべく普通に話すようにする。
「食べたよ。・・・・・・あのね・・・」と香穂さんはなにか言おうとするのだが、話しにくそうに口ごもる。
「どうしたの?」
「・・・・・・さっき菜美に会ったんだけど、葵くんが・・・音楽科の女の子と話してて、その後いつもはしないような厳しい感じの表情になったのを見たって聞いて・・・どうかしたのかなって」
「!・・・・・・」
どうやら相沢さんと話していた所を天羽さんに目撃されていたらしい。
僕はしばらくなにも言えなかったが黙っていても仕方がないと思い、口を開いた。
「実はさっき、相沢さんっていう1年生の女の子に・・・告白をされたんだ。もちろん、ちゃんと断ったけど」
「・・・そっか」
香穂さんはそれっきり黙ってしまったが、急に「葵くんは、まだお昼食べてないんだよね?」と聞いてきた。
「あっ、うん。食べてないけど・・・」僕は少し驚きながら返事をする。
「じゃあ、早く食べちゃった方がいいよね。引き止めてごめんね。私、教室に戻ってるから」と言って、教室の方へと歩いて行った。
その時の香穂さんの表情から、気持を読み取ることが出来なかった。
(香穂さん、どう思ったんだろう。怒ってる?悲しんでる?それとも、なにも思っていない?)
僕はその場に立ち尽くすことしか出来なかった。
⇒2に続く