。。。空色キャンディ。。。



あの図書室での出来事以来、鈴香は加地と2人きりになるのを避けている節がある。

大勢で話している時は屈託なく笑ったり話しかけてきたりするのだけれど、移動教室のときなど

偶然2人きりになってしまったりすると、途端に口数が減ってしまう。









普段だったらそうやって避けてくれる方が楽でいい、と思うはずの加地だったが、鈴香に関してだけは

何故かこだわってしまうのだった。







大人げないとは思いつつ、引き止めてわざわざ制服についた糸くずをゆっくり取ってあげたり、

きちんと聞いていた課題を聞き逃した振りをして、鈴香に尋ねたりした。







その度に、困ったように眉尻を下げながらも律儀にお礼を言ったり、丁寧に教えてくれたりする彼女を見るのが好きだった。







――― 恋、ではないはずだ。







加地は、鈴香のつややかな黒髪のつむじを見下ろしながら、自分の行動の不可解さに途方に暮れる。









では、何だというのだろう。

彼女といると、とても居心地が良くて。

その空間から離れたくない、というこの気持ちは。











チケットを2枚渡して「誰かを一緒に見においでよ」と誘えばいいだけのこと。

自分は当日は忙しく、鈴香と一緒に演奏を楽しむことはできないのだから仕方ない。







だが結局、上着の内ポケットに忍ばせてあったコンサートのチケットは渡すことができなかった。



























「日野さんの応援に?」







「そうなんだよ〜。都築さんにしごかれて、かなりしんどそうだってオケ部の子が言っててさ。

 みんなで差し入れ持って行こうか、って話になったんだ。 加地くんも行かない?」







「そういうことだったら、喜んで。」









加地が信じていた通り、香穂子はコンミスに選ばれた。

彼女のヴァイオリンはきっとこれからも、多くの人を魅了し続けるのだろう。







2月の冷たい空気を吸い込みながら、加地は休日の学園へと向かった。







アンサンブルのメンバーと一緒に講堂の前で待っていると、汗だくになった香穂子が満面の笑みで

走り出てきた。









「わざわざ、ありがとう! 今、休憩に入ったから皆もよかったら中に入って?」







「やった! じゃあ、俺自販機で飲み物買ってくるよ!」









陣中見舞いを言い出した火原が手を挙げたので、加地もそれに付いていくことにした。







中庭の端に並んでいる自動販売機のところで、人数分の飲み物を手分けしながら買いながら、

ふと体を伸ばして建物を見上げてみた。







休日の学校には誰もいないはず。







そう思って見るとはなしにぼんやり2階の廊下を眺めていた加地の視界を、一人の女生徒が横切った。

驚いて思わず瞬きをする。







今のは、確かに・・・・。









一瞬、追いかけて確かめたい衝動に駆られたが、それは無理かと思い直す。

だが、確かにあれは鈴香だった。







休日にも図書館に通っているのだろうか。

夢中になってページをめくる彼女の上気した横顔が、すぐに頭に浮かんだ。











「よっしゃ! にーしー、ろーやーっと。加地くんの分も合わせたら絶対足りるよね?」









「あ、そうですね。」









「ん? どうしたの?」









おっとっと、とバランスを取りながらジュースを抱えるように持ち直した火原が、

加地の顔を見て不思議そうにちょこんと首を傾げた。







質問の意味が分からなくて加地もつられて首を傾げた。









「何がですか?」









「えっと、なんていうかすごくいいもの見つけたみたいな嬉しそうな顔してたからさ、今!

 もしかして好きなジュースが売ってた?」









「・・・・・・そうですね。」









「なになに、なんていうヤツ?」と興味津々な表情で自分が抱えている飲み物を覗き込んでくる

火原に向かって笑みを浮かべながら、加地はようやく自分の気持ちに決着がついたことを知った。



















すごくいいものを見つけたんです。







ちょっと前から見つけてたんですけど、それがやっぱり欲しいんだって分かったんです。



















初めてヴァイオリンを手に取った日のことを、加地は今でも覚えている。

この小さな木で出来たものから、魔法のように美しい音楽が流れ出すと知って、

いつかきっと自分もその魔法使いになるのだ、と心に決めた。







やがて大きくなり、それがどんなに努力しても叶わない夢だ、と思い知った時、

加地はどうしていいのか分からなくなった。







どんな小さな音の狂いも、どんなに些細な和音のずれも。

この耳はしっかりと聞き分けられるのに。







だからこそ、自分の奏でる音に加地は我慢が出来なかった。







ヴァイオリンを諦め、ヴィオラに持ち替えて音楽は趣味でやる、と決めたのは自分なのに

「逃げたのかもしれない」という拭い去れない思いが、加地を苦しめ続けていた。









そんな葛藤を、劣等感を、誰にも知られたくない、と思っていたのに。







彼女にだけは打ち明けて。

断罪されたい、と強く思う。









講堂に戻り、香穂子や仲間と談笑している間中、加地は鈴香に会いたいと、そのことばかりを思っていた。















4に続く


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