。。。空色キャンディ。。。




「どうして日野さんに好きだと言わないの?」









ある日の放課後、図書館で一心にトルストイを読みふけっている鈴香を見つけ、悪戯心が沸き起こった加地は

黙ってぴったりと隣の席に座った。







たくさん空席はあるのに、誰がわざわざ自分の隣に?
 
驚く鈴香の顔を楽しみに、そおっと椅子を引いたのに、返ってきたのはその一言だった。









「・・・・・僕だっていつから気がついてたの?」









心底驚いたのは加地の方だった。

鈴香は普通科の制服のポケットを探り、綺麗な千代紙を取り出すと読みかけの本のページに丁寧にそれを

挟み込んだ。









「加地くんって加地くんの匂いがするから、すぐに分かるもん。」









もしや臭いのだろうか。

加地が慌てて自分の制服の袖に鼻を当てようとすると、鈴香は目を丸くして、それからプッと噴き出した。









「違う、違う、いい匂いなの。・・・・えと、ほら、こんな感じで、」









そのまま、白い頬を加地の首筋に寄せてくる。

自然と加地の視線は、彼女のたおやかな首筋に落ちるつややかな後れ毛に引き寄せられた。







鈴香が大きく息を吸い込むと、軽い吐息が加地の耳をくすぐった。









「何だろう、石鹸? みたいな、いい匂い。」









無防備に男を煽る真似をするものじゃないよ。







たしなめようと一旦は思ったものの、得意げに鼻をうごめかす無邪気な笑顔を見ていたら

肩からフッと力が抜けた。











「日野さんを困らせたくないからだよ。」









さっきの質問を思い出し、小声でそれに答えると、鈴香の表情は不満げなものに早変わりした。









「それって言い訳みたい。」









本当に好きなら、当たって砕けろ。

鈴香の顔にはそうはっきり書いてある。











「月森だっているし。」









加地は、胸の痛みに気づかぬ振りをしながら、わざとらしく指折り数えた。









「実際、日野さんは僕のことを友人としか思っていない。」









「そんなのこの先分からない。可能性だったらいくらでもあるはずじゃない?」









鈴香はぴったりと加地の眼に自分の視線を合わせ、かすかにその眼を細めた。







彼女が心引かれる命題に突き当たった時に見せるこの表情。

加地は前日に読んだ海外ミステリーの『灰色の脳細胞』を不意に思い出し、身震いした。







解き明かされたくない。







このコンプレックスだらけの醜い心の澱を、彼女にだけは。













「どうして鈴香さんこそ、そんなに僕のことを気にするの?」









逆襲してやろうと加地がそう問い返した途端。







鈴香の表情はまた急変した。

血の気が引いたような青白い顔になったかと思うと、みるみるうちに頬が赤く熟れる。







加地はあっけに取られてしまった。







―――― もしや、彼女は自分のことを?









「・・・・・ずけずけ聞いてごめんなさい。」









消え入るような声でポツリと鈴香はそう謝り、加地の方を見ないように顔を背けながら席を立ってしまった。

途端に加地の周りから暖かい空気が消えてしまう。

ぽっかりとまるで壁に穴が開いて、そこから隙間風が吹いてくるような感覚。







どうかしてる。







加地は軽く頭を振って、鈴香のことを無理やり頭から追い出した。

















それから加地は急に忙しくなってしまった。







学園の移転を賭けた全校を巻き込む騒動が持ち上がり、

それに香穂子が巻き込まれてしまったのだ。







やっと年末に決着がついたかと思えば、年明けにはコンミスの話が持ち上がりまたしても香穂子がそれに巻き込まれた。







理事長はよほど彼女のことが気に入ったらしい、と思いながら、加地も全力で彼女をサポートすることに決めていたのだから、他人のことは言えない。







自分に出来ることならなんでもしてあげたい、というのが嘘偽りない本心だったが、

彼女の隣に立つのが月森ではなく自分だったらいいのに・・・・という焦がれるような胸の痛みは、

気がついた時には、すっかり影をひそめてしまっていた。









「クリスマスコンサート、加地くんは誰か呼ぶの?」









放課後、練習が終わった後で笑顔で尋ねてきた香穂子の指が、しっかりと脇に立つ月森の手を握っているのを

見たときですら、幸せそうで微笑ましい、と強がりでなくそう思えた。









「そうだな。同じクラスの・・・・・。」









「ああ、鈴香ちゃんか! じゃあ、2枚ね。」









加地が名前を挙げると、香穂子はにっこり笑ってチケットを2枚渡してくれた。









「クリスマスだし、大切な人と聴きにきてくれるといいね!」









香穂子が何気なく口にしたのであろう「大切な人」という言葉に、加地は反射的に嫌悪感を抱いた。

鈴香の隣にだれか見知らぬ男が立つところを思い浮かべてしまったためだ。







いつも温和な表情の加地がいつになく鋭い表情になったのを見て、月森はそっと香穂子を背中に庇った。





















3に続く


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