「まだ付き合って無いのよね」
「そうですね」
何でよと訊いて来る乱菊さんは興味津々って感じだけれど、期待されても困る。
そんなに深い理由が在る訳じゃない。
修兵の事は好きだと思う。
ような気がするんだけど、流されちゃいけない気もして複雑だ。
あんなに辛い想いまでして、やっと前を向けると思えたのに……
「何かもう、素直にうんとは言いたくないだけです」
一気に引き戻された想いが、少しだけ色々なモノを呼び起こした。
修兵、待ったのよ〜って珍しく修兵の味方をする乱菊さんは、今までは中立で居てくれたらしい。
実はもう後輩君には、あの後直ぐにごめんなさいと謝った。
『良いですよ。まだ付き合って無いなら俺には同じ事なんで』
諦めませんからと笑った顔が、ちょっとだけ黒い笑みに見えたのは気のせいだと思いたい。
「いつまででも悩んだら良いわよ」
黙り込む私に乱菊さんが微笑んで、でも修兵はしつこいわよ〜とウインクするから苦笑した。
「まぁ、修兵からは絶対に逃げられないから、精々、今の内に好きな事をしといたら善いわよ」
「何気に恐ろしい事を紗也に吹き込まないでくれないっすか」
「あら修兵」
「あら修兵じゃねぇっす」
何って事を勧めてんすかと怒り心頭な顔で、背後に現れた修兵が私を隠すように抱き込んだ。
紗也が本気にしたらどうしてくれんすかっ
あら、私は本気で言ってるのよ〜
って、此処は食堂なんだけど。
そんな大きな声で、私を間に挟んで揉めるの止めてくれないかなと嘆息した。
只でさえ、この二人は目立つのに。
「修兵、離して……」
「嫌だ」
嫌ってちょっと……
「付き合うって言うまで離さねぇから」
「っ………」
嫌ならそろそろ諦めろって、何をシレッとした顔で……
脅迫か。
でも、私は……
「修兵と付き合って、誰かの恨みを買うのは嫌だなぁ……」
「……紗也?」
私はずっと、この甘い脅迫が欲しかったのかも知れないと思った。
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