05

「やっと捕まえた」
「…………鬼が立ってるのかと思った」
「なんで柚宇さんの電話には出ておれのには出ないんすか」
「あー、………ていうかいつからいたの?」
「話しすり替えんなよ」

大学の門の傍、なんか見たことあるなと思ったら、ほんとに知ってる顔だった。
いつも見てるそれとはかなりかけ離れた、なんなら怖いのを通り越して般若みたいな顔であたしを見下ろすから、ほんの一瞬人違いかと思ったけど。可愛い顔が台無しだよ出水くん。

「なんでいるのとか言ったらぶっ飛ばしますからね」
「いやさすがにそこまで馬鹿じゃないよ」
「何言ってんだ、大馬鹿やろうだよアンタは」

どんだけ心配したと思ってんの。
無愛想に呟く出水くんの手を引いて、ここじゃ人目につくからと、大学から一番近い公園のベンチまでほぼ強引に連れてきたのは数分前。

途中の自販機で買ったミルクティーを出水くんの膝の上に乗せればこれまた無愛想なままお礼の言葉が聞こえた。

スチール缶を掴んだ指の先と、よく見れば頬も鼻も赤くなってて、一体どれだけの時間あそこにいたのか。そう思うともう、なんて言うか、ごめんなさいしか出てこなくなりそうだった。

「寒かったでしょ、ずっと待ってて」
「別に。そんな弱くねぇし」
「はは」
「なに笑ってんすか、おれ怒ってんすけど」
「ごめんね」

違うの、太刀川さんと同じこと言うから、とは言わなかったけど、柚宇ちゃんと言い出水くんと言い、自分より他人主義のお節介で心配性な所はきっとあの人譲りなんだろうな。

取っ替え引っ替え連絡してきたり会いにきたりで休まる暇もない。
お願いだからそっとしててほしいと思う反面、心配かけてるくせに気にしてもらって喜んでる自分がいるんだ。

全くどうしようもない面倒な女だなと、自分に呆れながらつくづくそう思った。

「普通は理由ぐらい言うでしょ」
「言えないことが理由なの」
「そんなもんただの言い訳だ」
「あ、咲心ちゃん元気?」
「…………」
「ご、めん。ずっと気になってたから」

その顔やめて、本気で怖い。
隣から飛んでくる目付きのすこぶる悪い表情に、たじろぐあたしは引きつり笑いを返すだけで精一杯。
そんなに睨まなくてもいいじゃない。

咲心ちゃんがこの子とケンカしたって言ってたけど、こんな怖い顔した出水くんとやり合ったのを想像すると、彼女もなかなかに気がキツい。

あたしなら表情には出さないかもだけど内心めちゃくちゃびびるよ絶対に。現に今もめっちゃびびってるし。

「ねぇ出水くん」
「なんすか」
「お願いだからその怖い顔、いい加減どうにかしてくれたらすごく助かるんだけど」
「どうにかしねぇよ。アンタは誰のせいでこんなんなってるのかもっと自覚しろ。みんなに心配かけてんじゃねぇよ」

ごもっともすぎて何も言い返せない。
この子が怒るのも無理はない。
怒りで隠したその裏側には、相手を思う気持ちがちゃんとあるって知ってるから尚更に。

今のあたしは出水くんに何度平謝りしたって足りないかもしれない。それでも謝る術しか持ってないんだけど。

「心配かけてすみませんでした。これからはちゃんと連絡にも反応します。だから許して」
「………約束ですからね」
「………はい」
「なに今のその間!」
「いやなんとなく?」

ほんとマジで頼むよ。
この子も随分と気が張ってたのか、項垂れたまま唇を震わせて盛大に息を吐き出した。
そんな出水くんに、ほんとはずっと気になって気になって仕方のなかったことを聞いてみたくなった。

柚宇ちゃんと加古さんに会った時から、ううん、きっとそのずっと前からだ。

「出水くん」
「はいはい」
「えと、その、………たちかわ、さんは、」
「あー、あの人なら普通」
「…………そっ、か」

普通か、そっかそっか。
あっさりと言われて全身の力が抜けた。
もしかしたら少しぐらいは気にしてくれてるかもって思ってたあたしは馬鹿だ。

嫌われたのにそんなわけないでしょ。
何を今更女々しいことを。

「だと思いますか?」
「え?」
「花衣さん大好きなあの人が普通だと思いますかって聞いてんすよ」
「えと、あー、あー、う、ん?」
「どもりすぎだろ」

いやどもるでしょ、誰だってそんなこと言われたら。だいたい出水くんの言い方もやらしいよ。こんな人の反応伺うような言葉選びまでして。してやったりな顔しながら笑ってるのを見ると、絶対確信犯だと思った。

「大好物なアレは食欲ないとか言って手ぇつけないし、模擬戦は一回したっきりそっからずっとしてない」
「うん」
「こないだの任務の時なんか危うく後ろ取られそうなってたし、あの太刀川さんがですよ?」
「うん」
「ずっとぼーっとしてる。まぁ、ぼーっとしてんのは元からだけど、明らかおかしい人になってる」
「うん」
「しかもそれ全部無自覚。俺は普通だ馬鹿にすんなって言われた、つい最近」

だからさ、あの人の為にも戻って来てくんねぇかな、花衣さん。俺らじゃ手に負えねんだよって薄く笑った出水くんを視界から消した。こっちの事情なんて全くお構いなしなこの子の視線が痛い。
縋るような、切望するような、そんな目で見られても困るよ。



だってあたしは

あたしは

あたしは、なんだ。



一瞬浮かんだ言葉はすぐに思考の隅に追いやった。
その時はそう思って、それが一番の最善だと信じて疑わなかったのはほんと。

そうすることがお互いにとって理想なのだと結論付けたのも、太刀川さんを思って、あの人のことを第一に考えての行動だと言い聞かせてたのも。


でも
どれもこれも結局は言い訳だった。


あの人の為に抜けたんだと、そんな後ろ盾があればあたしは悪くないって思えるから。
あの人の為に抜けたんだと、そんな理由を並べ立てれば自分の見たくないものを閉じ込めることができると思ったから。

「ごめんね出水くん。あたしはみんなが思ってるほど良い人じゃないの」
「良い人の定義って微妙じゃね?」
「自分が一番可愛いの、自分を守ることで精一杯なの」
「んなもん誰だっておんなじっしょ」
「うん、でもごめん。そのお願いは聞けないよ」

あの人の為だと見せかけて自分のためにしたことなの。向き合う術を見失った、八方塞がりな環境に耐えられなくて逃げたんだ。狡くて弱くてびびりなの。そんなあたしに求めるのは間違ってるよ出水くん。

「わかった。今日は帰る」
「ごめんね」
「でもまた来るから」
「来られてもあたしの気持ちは変わんないよ」
「いいよそれでも。おれも変わんねぇから」

平行線の論議なんてしたくない。絶対に折れない者同士が話したところで意味ないじゃない。

だったらもう
お願いだからそっとしておいて。




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