04

「ええ!?インフルエンザ!?」
「そうなんですよ〜、一昨日から?だったかな、さっき連絡したら死んでました」
「え、じゃあ今日の任務は?誰か代わりいるの?あたし入ろうか?」
「任務は大丈夫です〜、風間さん入ってくれるって言ってたんで」
「そ、そっか、」

それなら安心、いや安心ではないな、風邪で寝込んでるのとはまたわけが違う。
何度かなったことあるから分かるけど、本部で偶然会った柚宇ちゃんは、さらっと太刀川さんの状況教えてくれたけど、あれけっこうキツいもんな。

ずっと体調悪かったのか?
最後に会った日は元気だったのに。

って、その最後がそこそこ経ってることに気づいて苦い笑いが漏れそうになった。

端末も弄れないほどキツいのは知ってる。
でもそれだけじゃないって、昨日のメッセージの返事が未だにないことで確信に変わった。あの人はやっぱりあたしを避けてるんだ。

「でね、花衣さんにお願いがあるんですよ〜」
「どしたの?あたしができることなら全然構わないよ?」
「ほんとに?良かった!じゃあ太刀川さん家行ってちょっと様子見てきてもらえますか?」
「え」
「さすがにヤバそうだったし心配だけど、任務で空けらんないんで」
「あ、あー」

なんだこの計ったようなタイミングの良さは。
あたしの反応に予定あるなら無理にとは言いませんけどって、気遣ってくれる柚宇ちゃんの優しさに今日だけは乗っかってしまいたい。

話しがしたくて探してたのはほんと。
きちんと自分の気持ちを伝えたいって今も思ってる。

でもね

あの人があたしを避けてる以上、気まずさの上塗りはしたくないってのが素直な気持ちなんだ。

そもそも向こうだって会いたくないだろうし、押しかけた相手があたしだと分かったら太刀川さんはどんな反応するだろう。

「やっぱ他の人に頼んだほうが良さそうですね」
「いや、うん、大丈夫」

心とは裏腹に口走った自分を恨みたくなった。
だけどあたしが寝込んだ時、一番に駆けつけてくれたのは紛れもない太刀川さんだ。1人で寂しかった時に傍にいてくれたのはあの人だ。もしかしたら意識も朦朧としてわけ分かってないかもしれないし、普通にすれば大丈夫。こうなりゃ勢いで押しかけてやると、本部から直接あの人の元へ急いだ。


















あー、きっつ。
端末を握る手にすら力が入らなくて、数十分前にかかってきた国近からの電話を切って早々にまくらの横に放り投げた。高熱にうなされるなんて何年ぶりだ?

なんたらは風邪引かないって方程式を見事に覆してやった俺は流行病の真っ最中。とことん睡眠を要する身体も関節が悲鳴を上げてるせいか、なかなかに寝付けない。かと言って起き上がるのも億劫。そのくせカラカラの喉は水分を欲するからたまったもんじゃない。仕方なくベッドから体を起こせば頭痛と悪寒に目眩がした。

部屋の暗さに今更気づいてテーブルの上にあるリモコンのボタンを押すと、暗闇に慣れきった目の奥が僅かばかり痛い。

何度か瞬きを繰り返して漸く慣れてきた視界に映ったのは、もともと散らかりっぱなしだったのがさらに無惨な状態と化した部屋の中だった。
今日一日、いや正確には2日前からほとんどベッドの上で過ごしてりゃ無理もない。

痛いのか寒いのか怠いのか最早わけの分かってない体を引きずるように這い出て、残り少ないスポーツドリンクをがぶ飲みした。

こういう時に彼女でもいれば優しく看病してくれんだろうなと思うと、ただでさえ弱ってる所に実現の可能性が極めて低い妄想は、体にも心にも毒だなと笑みが溢れる。

これまたその彼女ってヤツが好きで好きで仕方のないアイツだったらどれだけいいか、なんて思うんだからもうどうしようもなかった。

望月に想いを告げたあの日からこっち、タイミングが悪かったのか無意識の気まずさがそうさせたのか、今日まで一度も会ってなかった。

最初こそぎこちなくされるのが嫌でほとぼりが冷める頃を見計らってたってのもある。
普段使わない頭をフルに使って、声をかける機会を伺ったのがいけなかった。
途端に怖じ気づいて伺うどころか見失ってちゃ世話ねーよほんと。

またそんな時に限って怒ってるとも呆れてるとも取れるメッセージが届くもんだから、自分のドス黒い感情に飲み込まれそうになった。

このまま音沙汰もなくなったらアイツはどう思うだろうか。少しは気にかけてくれるだろうか。心配してくれるだろうか。何やってんですかって、またいつもの不貞腐れた顔で叱ってくれるだろうか。

そんなこと考えちまう程にはそこそこ弱ってるんだなと思うとマジで笑える。くだらなすぎて思考を動かすのもバカらしい。病んでる時に悩んで出した答えほど正解とは程遠いのを知ってる。

さっさと治して何事もなかったかのように、またアイツとこれまでの距離を保てばいい。そのために先ずは療養だなと、もう一度ベッドへ体を投げ込もうとした時、インターフォンのチャイムが鳴った。

誰だよこんな時に。部屋から数メートル先の玄関へ、視線は向けど体を持ってくには些か問題がある。一瞬躊躇ったものの、どうせ勧誘とかそんな類いだろうと勝手に決めつけて居留守に転じた瞬間、呼吸さえ潜めるのは条件反射だ。

もう一度鳴った音に、なんだか自分が悪いことをしてるみたいな気持ちになるがそれも無視。早く帰れよ、俺は今にこにこ笑って断り文句を並べられる状況じゃないんだよ。

扉一枚隔てた向こう側の知らない人間に無言で悪態付けば、そろりとドアノブが回ってるのに気づいてぎょっとする。

「太刀川さーん。いますかー」

数センチ開いたそこから、聞こえた知りすぎてる声にはもっとぎょっとした。

「勝手に入りますよー」

すんなりと入り込める程度にまで開いた扉の先、今の今まで脳内に居座ってたヤツが忙しなくきょろきょろと視線を動かしながら、まるで挙動不審の空き巣のような素振りで靴を脱いでる姿に唖然とした。

なんでお前がいるんだ。
どうしてお前が来るんだ。

びびりすぎて理解ができない。
そんな俺の気持ちなんてお構いなしにスーパーの袋を両手に抱えた望月が、ずかずかと傍に寄るのをただただ見てた。それも間の抜けた顔を晒して。

「良かった生きてて、大丈夫ですか?」
「なんで来たの」
「ていうか太刀川さんもじゃないですか。施錠してないの。襲われたらどうするんですか」
「いやだから、」
「熱は、……ってその顔じゃまだ高そうですね」

我が物顔で冷蔵庫開けますよと、背中を向けたコイツの残り香は冬独特の匂いがした。買ってきたものをさっさと詰め込んで戻ってきた望月の手に、スポーツドリンクと見覚えのある四角い箱。不敵な笑みを乗せるのはいつかの仕返しだとすぐに分かった。

「つめった」
「ね?ゾクゾクするでしょ?あたしが嫌がるのも分かるでしょ?」

なんの躊躇いも見せず真正面から伸びてきた手が、俺の髪を掻き分けて額に貼られた長方形のそれ。
近い距離と一瞬だけ触れた指先が心臓の音を早くして、聞かれるわけでもないのに伝わってるような気がして無性に照れてしまう。

「お前さ、だからなんで来たのって」
「ヒマだったから?」
「そんなんで来るなよ」

あ、やべ。そう思った時には既に遅かった。少なからず威嚇が混じってることに言ってから気づく。だがそれは気遣いと照れ隠しにすぎなかった。
久しぶりに見るコイツに、それもこんな至近距離で案ずるような瞳を向けられれば動揺ぐらいする。

移ったらどーすんだよと視線から逃げてベッドに潜り込みながら溢した、後付けの言葉が自分で思ったよりも小さく響いた。

「なに柄にもないこと言ってんですか。移ったら移った時です」
「お前に世話んなるほど死んでねーから、来てくれたのは有り難いけどさっさと帰れ」
「あのねぇ」
「なんだよ」
「弱ってる時は無条件で人に甘えなきゃダメなの!分かったら文句言わずに寝てて下さい!」

なんだその勝手な言い分は。
人の気も知らねーでよく言うわ。

変なプライドなんて捨ててしまえとばかりに凄む望月の気迫に押されて、何も言い返せない自分はとことんバカだ。

ほんとは嬉しいくせに。
願ってもみなかった展開に嬉しくて仕方ないくせに。けどそんなもん、見せられるわけがない。
変なプライドにギリギリまでしがみつくのは男の性だ。

想像はしてたけど汚すぎるだの、何か食べたのかだの、薬は飲んだのかだの、独り言のような小言をぶつぶつ言いながら散らかった部屋を片付けてくコイツは、あの日俺が口走ったことをどう思ってるのか。

何かを言いかけた望月の口を自分の言葉で塞いだのは、聞きたくない答えが返ってくると分かってたからだ。

コイツの気持ちは嫌になるほど知ってる、知ってる上で告げた。だが欲しくもない言葉1つで簡単に崩したくなかった。

だから曖昧に、あやふやに、濁すように仕向けた。
そのままずっと回避してりゃいつかはこっちに向くんじゃないかと。そうなったらこっちのもんだと。

駆け引きなんざできるほど器用じゃないが、駆け引きすらしたくなるほど、どうにかしてコイツを自分のものにしたかった。

それは今じゃなくていい。
今答えがほしいわけじゃない。
遠い未来の話しでいいんだ。

「お腹減ってます?ていうか食べれます?」
「食いたくねーな」
「まさか寝込んでる間なにも食べてないとか言いませんよね?」
「あー、どうだったかな、忘れた」
「いやいや忘れたって、なんでそうなるの」

お粥作るから待ってて下さい。ため息混じりに呆れた口調でそう言って台所へ入ってく背中に、吐き出したいのはこっちだと言えたらどんなにいいか。

なんでそんな普通にできんだ。
俺はお前に言ったはずだ。

好きだと。
パニクって焦るお前にちゃんと言ったはずだ。

なのになんでそんな、まるでなにもなかったみたいに振舞えんだよ。

少しぐらい意識しろよって。

「太刀川さん、プリンもあるけど食べる?」
「いらない」
「りょーかいです」

コイツは優しい。
分かりにくいけど人の気持ちをちゃんと考えるヤツだ。

だから俺が普通に接しやすように、蟠りが残らないようにしてんのも知ってる、分かってる。

あーあ、情けないな。
何事もなかったように、今までのようにコイツとの距離を保てばいいと、そう思ってたくせにいざコイツから先に見せられると腹が立つ。

自分の身の振り方さえ分からなくなってるのは熱のせいで、冷静に物事を判断できる能力が衰えてるのは弱ってるせいだ。


だからさ


「もうすぐできるから待ってて」
「望月」
「はいはい」
「ちょっとこっち来て」
「ん?どした、……うわっ!?…………た、たちかわさん!?」
「寒いんだよ」

毛布の端から伸ばした手を取ってほしいと願うのも、近づいてくる望月の細い手首を掴んで無理やり自分の方へと引き寄せたのもそのせい。

「な、……ちょっ、ちょっとまって!」
「やだよ。お前が言ったんだろ、無条件に甘えろって」
「い、言った、けど!」
「…………頼むから」
「…………」

今日だけ
今日だけは閉じ込めた腕の中でお前の温もりを俺だけに向けてくれよ。





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