04

三週間だ、たったの。たったの三週間であたしの平穏な生活がまた逆戻りをした。最初の5日は半信半疑で10日を過ぎると少しだけ信じたくなった。半月が経って気が抜けて、20日目には存在すら薄くなってたのに。

きっちり三週間、それも見計らったみたいにヘラヘラした笑顔であたしの目の前に凝りもせず現れた男。
あれ?もう関わらないって言いませんでした?そんな言葉が音になる間もなく太刀川さんと訳の分からない話しを繰り広げてみせた2日前。
思い出すとむかっ腹の立つやり取りに、また思考が飲み込まれていることに気づいてはっとする。

この時期の寒さで中々起きれなくてそんな時に限って髪も中々纏まらなくてイラっとするよりも、ゼミで飲み会の幹事を何故かすることになって酔った面子を振り払うたび、酒臭さと間抜けな笑顔にイラッとするよりも、酷い苛立ちがむくむくと湧いては消える。

そのまま消えて一生出てこなければいい、あの男もこないだの話しも。


飲みの帰り、夜空に白い息が上がった理由は肉体的な疲労感だけじゃない。今後の身の振り方を自分自身で案じているからだ。
コートからはみ出る指先が冷たくて、一度そう感じてしまうと後から後から急激に体温が奪われる気がして慌てて両ポケットに突っ込んだ。

それしか考えられない。
やっぱりそうだった。

太刀川さんと迅さんの言葉をこの数日でどれだけ噛み砕いたことか。あたしのこの変てこりんだか感受性が強いんだか形容し難い性分を、あの二人が知っていたって何にも不思議なことなんてないでしょ。
だってどれだけの人間がこの星に生きてると思ってるんだ。みんながみんな一緒だと思う方がどうかしてる。
世の中にはもっと得体の知れない、自分の知らない物事なんて腐るほどあるんだし。

ボーダーだってそうだ。
今でこそ定着しつつある防衛機関も、三年前のあの大惨事後には好奇の視線や声がそこかしこから上がってた。


要するにそんなもんだ。
もう自分が何を考えてるかすら曖昧だけど、そんなもんなんだ。他人が知ってるからと言ってびびることもないし何かあるわけでもない。

堂々としてればいい。あたしには全く関係ないしつべこべ言われる筋合いもない。

と、自分で自分を納得させてみれば一時的に楽にはなる、すっきりはする。だけど完全に腹に落ちるわけがないのも、同じ思考が3度目あたりを巡っている頃に漸く気づいた。

一番気にしているのは自分自身だってことも、あの憎らしい笑顔に歯を食いしばってでも耐えてちゃんと聞いておけば良かったってことも。

やばい、またハマってる。もう何度目かも分からない思考の海での遊泳は、自力で上がってこなけりゃどんどん深さを増すような気さえした。

寒いから早く帰ろう。

こんな街灯の少ない、暗い住宅地を俯いて歩いているからいけないんだと、顔を上げて視線を無理やり遠くに飛ばしながら速度を上げる。
明日は午前中が休講で午後から1コマしかないから、もう日付けが変わる寸前だけどゆっくりお風呂に入れるのは嬉しい。


温度もいつもよりちょっとだけ温めにして、読みかけだった本でも持って入ろうか。細やかな至福に口元が緩みそうになった時、投げてた視線の先に黒い物体が映った。小さな塊が道の脇に転がるように移動してぴたりと止まる。

「うわ、……か、かわいい」

生後どれぐらい?まだ子供だよね?暗がりでもはっきりと分かる距離まで近づけばそれが明確になった。
ふわふわで、少しだけ毛を逆立てて、くりくりの目であたしを見てくる真っ黒な子猫。
思わず漏れた感想に警戒心を剥き出しにしたその小さな口からは、威嚇の音が僅かに聞こえた。

「怖くないよ、ほら、おいで」

できるだけその子と同じ視線を取るためにその場にしゃがみ込んで手のひらは上向きに。
地面にくっつけるみたいにして伸ばしてみると嫌な違和感をあたしの手の甲が捉えた。

「え、」

暗くても分かる。まだ生温かくて、まるで今垂れ流されたみたいなそれ。ほんの少し鉄の臭いが鼻を掠めて、決して少なくはない量の血がこびりついている。

「怪我、してるの?」

毛並みが黒いから見えなかった。携帯のライトを照らして良く見てみたいところだけどきっとびっくりする。限りなく目を凝らしてじっと見てみると、ちょうど横っ腹のあたりに切られたみたいな傷跡があった。

「あ、だめ!ちょっとまって!」

そっと慎重に、怖がらせないよう焦る気持ちをギリギリまで抑えて伸ばした手は空を切る。
あと少しで触れられた体はあたしの横をすり抜けて走り去ろうとするけど、ここまで酷いと素人でも分かる。放っておいたらヤバいってことぐらい。

傷口を庇うように、時折ふらつきながら駆けるその後ろ姿を追って、どう捕まえようか頭を回転させるも意外に逃げ足が速くて忽ち息が切れてしまう。

昨日はスニーカーだったのになんでこんな時に限ってヒールなのよ。踏み込むたび、つま先がズキズキ痛いけど今はそれどころじゃない。
走って追いつきそうになって、それを察したみたいに右へ左へ進路を変えてまた離されて。何度か繰り返すうちに突き当たりのフェンスの下を潜った先で、体力が尽きたのかうずくまった姿を捉えた。

どこか人間が入れるくらいの隙間はないのか。息が上がったまま、それでも視線だけは必死に動かして周囲を見渡す。
数十メートルに渡って張り巡らされた右の端の方に、通れるか通れないかぐらいの穴を見つけて無理やり体をねじ込ませた。

「だいじょうぶ、だから。怖い思いさせてごめんね」

近づいてしゃがみこむ。もう動く気力もない子猫を抱き上げて傷口を避けるように腕の中へ。
怯えて唸る声は弱々しく、一刻も早く病院へ連れて行こうとして足が止まった。

あ、やば。なりふり構わずこの子だけしか見てなかったから気づかなかった。
荒かった息が正常に戻っていくのと同じタイミングで思考も冷静に動き出してくれたから、自分が今どこにいるのかも瞬時に理解できた。

このフェンスは警戒区域との境目で、あたしは入っちゃいけない場所に入ってしまったと言うことだ。

途端に血の気が引いて息を飲んだ。落ち着けあたし。毎日馬鹿みたいにぽんぽんぽんぽんサイレンが鳴ってるわけじゃない。今だってほら、静まり返ったこの場所で何かが出てくる気配など微塵もないじゃないか。
入った瞬間襲われるなんて、そんな都合の良いマンガみたいな展開にはなら…………。

「え?」

自分で自分の耳を疑った。猛スピードでフル稼働する思考を遮った静電気のような音はあたしの背後から。振り返ってその正体を確認したいのに、見てはいけない、早く逃げろと本能が警告する。
それを払拭するみたいに動かした体はかくかくとまるでロボットのような動作。

危機察知能力は人間よりも動物のほうが優れていると聞いたことがある。現に腕の中のこの子はびくりと体を強張らせて小さな声で頻りに威嚇をしていた。

「なに、これ」

バチバチッと不穏な音と共に、何もない空間から球体が浮かび上がってみるみる大きくなっていく。
サイレンが遠くの方で鳴った気がしたけど、恐怖とパニックのせいで早さを増す心臓の音と、不規則に乱れる呼吸の音しかあたしの耳は拾ってくれなかった。

丸い穴の中心部。今まさにこちら側へ侵入を果たそうとするなんとも言い難い異世界の兵器。
テレビでしか見たことのなかったそれが、あたしの目の前、僅か数十メートル先にその全貌を表してキョロキョロと辺りを見回すような動きをした。

本当の恐怖を味わった時って、一言も声が出ないんだなと思った。立ちすくむ足は震えて、その振動で体も震える。
どこもかしこも痛いくらい筋肉が強張ってるのが分かって、逃げなきゃいけないのに1ミリですら動かせない。そんなあたしを見つけることなんていとも容易いんだろう。

他には目もくれず、一心不乱につめ寄る白い塊に腹を括った。面白いことに括った途端、ふっと力が抜けて膝から崩れ落ちるようにしゃがみ込んでしまう。
腕の中のちいさな存在に巻き込んでごめん、助けるどころか奪ってごめん。声に出せない代わり、心中で謝罪した。

目と鼻の先の距離でぎゅっと瞼を閉じて抱え直すように腕の力を少しだけ込めた時、耳をつんざくような物凄い音に体が跳ねる。

「おーい、望月ー、だいじょぶかー」

何が起きてるのか分からなかった。あたしの脳は知ってる声だとすぐに判断したけど、こんな上手い具合に聞こえるはずなんてないと、全身が拒絶反応を起こしたみたいに目は開けられなかった。

「太刀川さん、なに1人で先に行ってんですか、って、うわ!なんでこんなとこに人がいんの!」
「散歩でもしてたんじゃね?ほら、猫連れてるし」
「いや猫は散歩させないでしょ、つーかここで散歩とか馬鹿でもしませんから」

その馬鹿の部類にまんまと入れられたあたしは、ジャリジャリと砂を蹴って近づく音とほんの一瞬、頭を撫でられた感覚でやっと瞼を持ち上げる。

視界に映った二つの影。ぼやけた瞳に捉えた人物。
1人はやっぱり知ってる顔で、もう1人は派手な髪色の男の子。その後ろに巨大な体を横たえてぴくりとも動かない物体がまるで鉄の塊のように転がっていた。

「悪いな、遅くなった」
「た、たち、た、」
「無理に喋んなくていい。どっこも怪我してないか?」

あたしの目の前でかがみ込んだ太刀川さんの瞳がいつも見ているそれより随分と優しかったのは、よっぽど恐怖心が滲み出ていたからだと思う。
その証拠に立てるか?と聞かれて下半身に力を込めるも全く言うことを聞いてくれない。腰を抜かすなんて始めての経験だった。

「た、たちかわさん、お願いがあるんですけど」
「お願い?なに?」
「病院!病院行きたいんです!」
「え、お前どっか怪我した?」
「してません、あたしじゃなくてこの子が!早くしないとヤバいから」
「あー、」

ほっとする時間も感傷に浸る時間も今のあたしにはない。本当は頼ることもしたくないけど、しばらく使い物にならない自分の体じゃ懇願するしか方法がないから。

「おい出水」
「はいはい」
「お前病院行ってこい、このちっこいの連れて」
「え?俺が?なんで!?」
「だってお前、どうせ暇だろ」
「いや暇じゃないですよ、夜勤でしょ今日」
「あ、言うの忘れてたわ。今日の任務、望月の捕獲が目的だからこれで終わりなんだよ」

それ早く言って下さいよ!出水と呼ばれた彼が悪態付きながらもあたしの腕の中から腫れ物を扱うみたいに掬い上げて、うわーちっせぇ、可愛いなコイツ。目尻を下げたところで太刀川さんから早く行けと催促される。

「あの、宜しくお願いします」
「了解です。心配しなくても大丈夫っすよ、ちゃんと助けますから」

去り際にそれだけ残した出水くんの背中が暗闇に消えた。

大丈夫だと言ってくれたから、きっと大丈夫だ。そわそわ落ち着かない気持ちはまだあるも、深く息を吐き出すと少しだけ体の力が抜ける。

よし、行くか。太刀川さんの声に沈みそうだった思考が浮上した。視線を合わせると無遠慮に伸びてきた手があたしの腕を掴み上げて、これまた無遠慮に引っ張り上げられたせいで今度は体も浮上する。

「え、ちょ、た、た、たちかわ、さん!?」
「なに?」
「なに?じゃない!え、なにこれ、ちょっと!いやだ!」
「嫌っつってもお前歩けねーじゃん、腰抜かしてんのに」
「そうだけど!恥ずかしいから!ちょっとほんと!おろしてください!!」
「おま、こら!じっとしてろって」
「いやだ!いやだー!おろしてー!」
「はいはい、うるさいちょっと黙れ」

え、コイツ女子に普通にこんなことできんの?だからチャラいって言われるんじゃないの!?
浮いた体はあろうことか太刀川さんに横抱きにされて、そんなこと今の今まで1度もされたことのないあたしは、当然びっくりするのとパニクるのが精一杯で、暴れたくても未だ下半身に力が入らないこの状況じゃ文句しか出てこない。

コートの襟元を掴んで抗議してみても、直にバシバシ叩いてみてもこの男は素知らぬ顔して歩いていく。ていうかそのコート、なに。なんかちょっとダサいし。

太刀川さんの歩みに乗じて伝わる振動が微妙に怖くて、手持ち無沙汰も重なれば自然と自分の手のひらは遠慮がちに彼の服を握ることで落ち着いた。そうして思う。

「おんぶのほうがまだよかった」
「我慢しろよ」
「どこ行くんですか」
「あのでっかい建物の中」
「なんで」
「ないしょ」
「太刀川さん、」
「んー」
「……ほんとに心配してくれてたんですね」

膝の裏の手のひらと背中にまわった筋肉質な硬い腕と。
あたしが掴んだ服の下、胸板から聞こえたそれに今更ながら反応する。

「読むなよ恥ずかしい」
「ご迷惑おかけしてすみませんでした」

何もなくて良かった。そんな彼の声が、あれだけ触れたくなかった他人の本音が、なんでか今日は嫌じゃなかった。








「太刀川さん!ほんともう降ろして!歩けるから!」
「そんな遠慮するなよ」
「遠慮じゃないです嫌なんです!」

だってこんな人の好奇だか物珍しさだかの視線を一身に浴びて耐えろと言うほうが無理な話しだ。

ボーダーの本拠地。馬鹿でかい建物の中へずんずんと入っていく太刀川さんを、さっきからすれ違う人すれ違う人みんながガン見してくる。

笑われたり二度見されたり、声をかけられたりその度に表情が強張って俯くしかないあたしの心情を早急に汲んでほしい。

「お願いほんとに無理!恥ずかし、……わ!」
「はいとーちゃく」

無駄に広いロビーのような場所、ソファーとテーブルがいくつも並んだその一角に、ずり落ちる体勢で降ろされて尾てい骨に小さな衝撃をくらった。

すぐ傍にある自販機に向かった太刀川さんの背中を目で追ってから、視線は好奇心のむくままそこらじゅうを映す。遠くから見ても際立つ大きさの防衛機関はその内部もやっぱり広い。端から端まで何十?いや何百メートルあるんだこれ。

そこそこ立派な一軒家がそこそこの数入りそうな空間は、深夜帯にも関わらず制服を着た職員らしき人が行き交ってた。

すごいな、大変だろうな、眠くないのかな。他人事のようなどうでもいい思考に拍車がかかる前に太刀川さんに名前を呼ばれた。

「コーヒー飲めたよな?」
「はい、ありがとうございます」
「もうすぐアイツも来るからちょい待ってろ」
「……わかりました」

直に持つにはまだ熱すぎる缶を膝の上に。太刀川さんの言葉に一瞬反応したけど、やっぱりアイツの手引きだったのか、が本音だ。ここに連れてこられた時点でなんとなく予感はしてた。

「えらい素直だな。今日は喚かねーの?」
「あの人のために無駄な体力使いたくないんで」

無駄な体力も無駄な思考も大袈裟な表情も。剣幕を振りかざしてまくし立てでもしたら、太刀川さんじゃないけどそれこそシワが増える。そんなの真っ平ごめんだ。

「お前さ、そこまで毛嫌いするって、なんか嫌なことされたわけ?」
「それ本気で聞いてます?数ヶ月も纏わりつかれたらそりゃ嫌でしょ」
「あー、まぁ、そうか、そうだわな」
「そうですよ」

すっとぼけた質問をしてくる太刀川さんを睨むように見据えて、そろそろ適温になってきた缶コーヒーのプルタブを引いた。

まぁいいや。いつものように右から左で首を縦に振らなければ済むこと。そうすればいずれ向こうも諦めてくれるはず。
苦めのコーヒーを一口飲みながら意思を再確認したタイミングで、太刀川さんがあたし以外の誰かを視界に映した。背筋がしゃんと伸びた気がしたのは無意識だ。

近づいてくる気配に連動するように眉間のシワが深くなるのは、見なくても分かるからで。落ちていた視線の先、相手の足元が見えて顔を上げると思った通り、そこにいたのは慣れたくないのにとうの昔に見慣れてしまった胡散臭い笑顔。

「良かった、怪我もないみたいだね」
「なんで知ってるんですか、」

あたしがついさっき襲われそうになったこと。出かかった言葉を喉の奥に引っ込めて、迅さんの思惑はどこに隠れているのか。

絡んだ視線も絶対外してやるものかと、じっと見つめてみるけど、いつも通りのへらへらした表情が大いに邪魔をして読み取れたもんじゃなかった。

ポーカーフェイスが得意なのはお互いさまか。

ローテーブルを挟んだその奥、太刀川さんの隣に座った彼は、さて、どっから話そうかな。心なしか嬉しそうな顔へ向けて出てきそうになった舌打ちを、ぐっと堪えたあたしは誰かに褒められてもいいと思う。

これから聞かされるであろうどうでもいい話しとやらに、不本意ながら大人しく耳を貸すハメになったことも。







唖然、茫然自失、放心状態。どれが一番しっくりくる?いやどれもだ。
話しを聞いていくうちに口が塞がらなくなって、難しい単語はあたしの眉間のシワをことごとく深くした。真っ平ごめんだなんて思った自分の思考を早々に覆したくなった。だってそれどころじゃない、構ってられる余裕もなかった。

「あ、固まった」
「俺らは慣れてっからアレだけど、一般人からすりゃ当然の反応だろ、まともまとも」

じゃあ自分たちがまともじゃないのは自覚済みなのか。瞬きだけを頻りに繰り返す中、2人の言葉をどこか上の空で聞いていたあたしは中々にぶっ飛んでいたらしい。

花衣ちゃーん、おーい。顔の前でひらひらと手を振り思考の奥から引っ張り戻した迅さんが、全部理解しなくていいよと気遣ってくれるけど、したくてもできないのが現状だ。

「ちょっとまって」
「うん」
「ちょっと整理する時間がほしい、です」
「うん、いいよ、時間はたくさんあるから」

ボーダーの仕事はなんとなく知ってた。異世界からの侵攻を食い止める異端児の集団と言うどこか歪んだイメージは勝手な見方だけど、強ちウソじゃないと思う。でもそれはどうでもいい。彼らの役目は今はどうでもいい。

サイドエフェクト。初めて耳にした横文字の集合体。頭では到底処理しきれない現象に、どうやらあたしは当てはまってるらしい。

でもそれもどうでもいい。自分がおかしな存在だってことはもう自分が一番よく知ってる。じゃあ何がどうでも良くないって。

「えっと、もっかい聞きますけど、迅さんもそのサイドエフェクト持ってて、未来予知ができるってことでしたっけ」
「そーそー」
「てことはあたしの行動もサイドエフェクトを持ってるってことも、何もかも分かってたってことですよね」
「まぁ、そうなるよね」
「あの雨の日に手を握ったのって、」
「うん、読み取れるんだろうなと思って試したんだけど、花衣ちゃん手強いからちょっと焦った」

これだよこれ。しれっと。さらっと。当然のように。それも何食わぬ顔して。

全部お見通しだった。あたしが頑なに拒否っていたここ数ヶ月も、その間のやり取りも全てこの男の手中にあったってこと。

太刀川さんに白状した形で相談したのも、こんなとこまで、腰が抜けたとは言えぬけぬけと自分から着いてきたのも全部。

そうとは一切知らずにいけしゃあしゃあと文句を垂れてたあたしって、一体なんだったんだ。こんなのプライバシーもへったくれもないじゃないの。

「それを踏まえた上で聞きますけど、あたしがボーダーになる未来は視えてるんですか?」
「視えてるよ。それもはっきりとね」

首を縦に振らなければいい?違う。
横に振った所で手遅れだ。そう気づいたことすらも。

あれこれ考えていた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

「で、なんでそこまで入れたがるんですか?」

そしてもう一つ。ボーダーとは。サイドエフェクトとは。自分の強みまで開示してあたしのそれもご丁寧に説明までしておいてそれで終わり、なわけないのは分かってる。

たぶん、きっと、ここからが本題だ。ここから先を確実なものにしたくて色んな手を駆使したんだろう彼の顔つきが一瞬だけ変わった。

壁に掛かった時計は深夜1時。カチカチとやけに大きく聞こえるのは、あたしら以外の人の気配が全てはけたから。

息をすることさえ躊躇ってしまうような、ぴんと張り詰めた雰囲気が、なんでか速さを増す自分の胸の音が、これから紡がれるだろう事の重大さを表しているようだった。

「花衣ちゃんがこっち側に来てくれないと出会えない人物がいるんだよ」
「なんですかそれ」
「ごめん、まだ詳しくは言えないからそこは察して」
「一般人のままじゃダメってこと?」
「そう、ボーダーにならなきゃ出会えないのは確実」
「それで?その人物とあたしが会ったとして、そっちのメリットはなんなんですか?」

ぶっちゃけ話しの半分も理解できてないし、もう半分は信じたわけじゃない。かと言って真っ向から否定もできないでいる理由なんて一つだ。

人の本音を読む力。それに振り回されて、長年苦しんだ自分がいるからこそ。だからこそ、普通の神経の持ち主なら相手もしないような話しに、例え片耳だけでも傾けようかなと思えた。

「花衣ちゃんが入ったら三門市民は安全、てとこかな」
「入らなかったら?」
「近い未来で人口の約3割が死ぬ」

こんなのもう、あたしにはイエスの一択しかないじゃないか。





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