10

ゲートからわらわらと湧いて出たモールモッドとバムスターの大群。斬れども斬れども、数が減ってないんじゃないかって錯覚を覚えるほどの地道な作業を繰り返すことおよそ数十分。終わりが見えた矢先、最後の一体を華麗に破壊したのは加古さんだった。

バムスターの背の上、はらりと落ちてきた綺麗な髪の束を手の甲で払って、少し休憩しましょうかって、廃墟ビルの屋上を目指す後ろ姿は何をやらしてもいちいちサマになるからカッコいい。色気が服を着て歩いているような彼女を追って、あたしも後に続いた。

「みんなが言ってること、やっと納得したわ」
「みんな?ですか?」
「そうよ。花衣ちゃんと太刀川くんがダブるって」
「え、」
「太刀筋、よく似てるもの。あなたのほうが動きは綺麗だけどね」

唇の端を持ち上げて、座ったら?なんて笑うあなたのほうがどこもかしこもよっぽど綺麗ですよ。面と向かって言えない代わりに心中で溢してみる。

少し隙間を空けて、隣に腰を下ろして。
任務の交代まではあと30分程。
燃えるような赤い太陽が、水平線の向こうにちょうど隠れる所だった。

「綺麗になったのは見た目も雰囲気も、だけど」
「加古さんさっきからちょっと褒めすぎじゃないですか?」
「あら、思ったことを口にしてるだけよ?」
「しなくていいですよ。恥ずかしいです」

今日は風が強い。屋上から真下の路地を見下ろせば、引っ掻くような痛さを伴った寒風がビルとビルの合間をすり抜けて、さっきからからあたしの髪を散り散りに乱す。

トリオン体じゃなかったら数分足らずで凍死だよなと、隊服のポケットに忍ばせていた髪留めで大雑把に結んだ。

「で、どうなの?」
「ん?なにがですか?」
「やだわとぼけちゃって。こないだの飲み会で掛かってきた彼とのことよ。順調なの?」
「あー、まぁ、それなりに」

今日の任務のメンバー表を見たときからこんな会話はある程度想像できてた。
集合場所で彼女の顔を見た途端、何かを含んだ笑みを向けられて、暇だといいわね、なんてウインクでも飛んできそうな表情で言われたら、後はもう、どのタイミングで切り出してくるのかそこだけだった。

女子トークの9割を占めると言っても過言ではない恋バナは嫌いじゃないけど、それはどっちの立場かでかなり変わると思う。聞く側か聞かせる側か。まさか自分が後者になるとは思ってなかったし、その後者がこんなに照れるとも思わなかった。

「付き合いたての今が一番楽しい時期ね」
「んー、楽しいと言うか、色々いっぱいいっぱいです」

あら、どうして?細くて綺麗な指先ではらはらと舞う髪を耳にかけた加古さんが、隣のあたしを見た。ドキドキしっぱなしだし、彼の言動に一喜一憂で振り回されてる感じがするし、何より1日の大半は彼のことで思考が占領されてると。
カタコトのように言葉を拾って呟いたあたしを加古さんは嬉しそうにじっと聞いてくれる。

「それに、」
「それに?」
「………ちゅ、ちゅうとか、恥ずかしすぎて死ぬかもしれません」
「まだしてないの?」

してないんじゃなくて、したからこの先もきっと訪れるだろうその行為に、何度心臓を止められたら気が済むんだって考えちゃうんだ。
加古さんの問いに瞬時に反応できなかったことで悟った彼女が、にやりと不敵な笑みを作ったのが分かった。

「でもそれって恥ずかしい事でもおかしな事でもないわよ?」
「頭では分かってるんですけどね」
「花衣ちゃんは触れたいと思わないの?」
「まだ隣にいるだけで落ち着かないです」
「もー、なんでそんなに可愛いの!」
「ちょ、加古さん!?」

歓喜にも似た声を上げた彼女はあたしの腕を引いて、意外にも豊満なその胸の中へ、抱え込むように閉じ込められた。ぎゅうぎゅうともの凄い力で、なんなら頭まで撫で回されて。

入ってきた声も、可愛い可愛い食べちゃいたいって。嬉しいようなぎょっとするような複雑な心情は苦い笑いを貼り付けてしまう。散々そうしてやっと満足したのか、緩めてくれた腕の中から漸く脱出できた。

「花衣ちゃんもいずれ分かるわ」
「ん?」
「好きな気持ちがこう、溢れすぎて触れたくなる感覚」

特別な関係になるまでは、蓮の声も笑った顔もそのどれもが心地よかった。それが恋仲になって落ち着かなくて、いつも緊張が先走ってるあたしに、はたしてそんな日が来るのだろうか。

そろそろ戻りましょうか。立ち上がった加古さんに次いで、重い腰を上げた。そうして思う。

仮入隊のあの日。
特訓メニューを見せられて、師匠があの太刀川さんだと知って、迅さんの綺麗に上がった口角を目にした時よりも。恋愛ってやつは、なかなかどうして前途多難だなと。




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