02

小さな頃からずっとそうだったから、みんなそうだと思ってた。だってまさか自分だけだなんて知らなかったし思えなかったし、誰も教えてくれなかった。

この歳になって浮かれた話しの1つも出てこないのは、そう言う理由も含まれているからだった。

「え、まじで?じゃあなに、お前ってひょっとしなくても処女なわけ?」
「そう言うこと普通聞きます?しかも露骨に」
「いやだって、今までオトコと付き合ったことないって言われたらそう思うだろ」
「思わなくていいですよ気持ち悪い」

目の前の鉄板から食欲を刺激するソースの香ばしい匂いが立ち込めて、かつお節が踊る円形の中央部にコテを突き刺さしたまま目を丸くする太刀川さんを、睨みつけるように見つめてやる。

大学の中庭を横切ろうとしたところで珍しく最後まで講義を受けていたらしい太刀川さんとばったり出会した。普段多忙な彼がこの時間帯にいるのは稀なことで。

久々に飯でもどうよと誘ってくれたから、じゃあお好み焼きが食べたいと、近くの店に入ったのが1時間前。

同じ学部のあの子が可愛いとか、声をかけてきたファンの子がエロかったとか、あたしからすればかなりどうでもいい情報を一頻り聞かされた後、そう言えば望月から恋バナとか聞いたことねーな。

駆けつけ一杯で注文した生ビール片手、半分ほど一気に煽ってから話題をあたしの恋愛事情にすり替える。

別に嫌いじゃないし隠す気もないしでおおっぴらにしてみれば、大袈裟に驚いた態度と少しのセクハラが返ってきた。
今時中学生でももっといろいろヤってんぞ。そう後付けまでして。

「それともあれか?アッチの趣味でもあんのか?」
「アッチの趣味?」
「同性愛者とか」
「あー、」

それは初めて言われたかもしれない。
今までのパターンなら極度の人見知りかこれまた極度の男嫌いか。

高校時代はそのどちらも当てはまった人物像が勝手に一人歩きをしてくれたおかげで随分と生活がしやすかった。
かと言って、理想が高いわけでもお高くとまってるわけでもない。

体質的に異性は少し苦手ってのはあるけどそこまで毛嫌いしているわけじゃなくて、何となく牽制していたほうが楽だったから。

あたしが同性愛者か。
型にハマらない切り口は太刀川さんらしいけど、残念。女の子を恋愛の対象に見たことなんて生まれてこのかた一度もないわ。

「あーって、まさかビンゴ?」
「なわけないでしょ」
「なんだよ違うのかよ面白くねーな」
「あたしに面白さを求めないでくださいよ」
「お前があっち系だったら泣くヤツ多いからな。それ想像すると笑えんのに」
「変な噂流さないで下さいね。巻き込まれるのはごめんなんで」

ただでさえ人付き合いの苦手なあたしにそんな尾がついたらと考えると頭が痛くなる。
器用に切り分けてよそってくれた取り皿をあたしの目の前に置いた太刀川さんに、視線だけでもう一度釘を打つ。

噂なんてくだらねーもん流すかよ。
ぼそりと溢した言葉に相反して口元がだらしなく弧を描いてるからタチが悪い。けれど口外も吹聴もしないのはよく知ってる。
この憎らしい表情は単に反応を見て楽しんでいる時のそれだ。

知り合った当時は何度も振り回されてた彼の言動も付き合いが長くなるにつれ、少しずつ免疫が付いてきた。
だからはいはいそーですねと、あたしも気持ちのこもってない相槌を投げることができるんだと思う。

「望月、それ取って」
「……これ?」
「いやちがう、そっち」
「はい、どー、……っ」
「っと、あぶねー、いきなり離すなよ」

太刀川さんの指があたしのに触れて、反射的に引っ込めたのがいけなかった。
焼けた鉄板の上に危うくぶちまけるところで、辛口と書かれたソースが太刀川さんの手に救われる。

すいません。
冷たい汗が出そうになる前に謝罪をすると、それこそ冷たい目をした彼と視線が合った。

「お前さ、」
「………」
「あからさまに嫌がるのやめろ」
「すいません」
「そこそこ信用されてると思ってたけど、」
「いや、あの、」
「友達とヤれる女の区別ぐらいちゃんとつけてるっつの」

そんなに嫌なら断りゃいいだろ、俺からの誘いも。
ごもっともだ。太刀川さんの言い分が全て正しい。反論なんてする気もないけどぐうの音も出てこない。

無表情でじっと見てくる彼の視線が痛すぎてまつ毛を伏せるも、気配までは消えてくれなくて焦る。
何か言わないとと思えば思うほど喉の奥に張り付いたままの言葉があと一歩押し出せずに、嫌な沈黙だけが漂ってた。

「………」
「………」
「……ごめん、言い過ぎた」
「大丈夫です。ていうか謝らないで下さい、あたしが悪いの分かってるから」
「仲良いと思ってたのって、俺だけかよとか思ったらちょっとイラっとした」

彼がこんなことを言うのは珍しいなと思った。
だけどこんなことを言わせてしまうぐらい回数を重ねたあたしの行動は、もうそろそろ限界まで来ていることを嫌でも受け入れるしかないんだろう。

「太刀川さん」
「なんだよ」
「今からあたしが話すこと、笑わないで聞いてくれますか?」
「なに、いきなり改まって」
「改まるような話しなの、あたしの中では」
「聞いてみなきゃ分かんねーけど」
「………」
「冗談だよ、で、なに?」
「引かない?」
「引かねーよ」
「ほんと?」
「あーもう、なんだよお前、今日変だぞ?」

だって仕方ないじゃない。口にするのも久しぶりなんだから。
笑わないし引かないから早く言え。
せっつくように催促をされて小さく深呼吸をした。

「あたしね、」
「おー、」
「他人の心の声が聞こえちゃうんです」























洗いざらい全てをぶち撒けてしまえば、どう思われようがどう見られようが何でもいいやと思った。
それぐらい胸の奥のしこりが、閉じ込めておくには苦しい存在だったと言うことだと思う。
何も言わずに一通り聞いてくれた太刀川さんは、そのまま何も言わずに携帯を開いて耳にあてる。

どこにかけたかなんて興味すらないのに、彼の呼んだ名前のおかげで嫌悪感が足もとからせり上がってくるのが分かった。

「もしもしー、俺だけど、……迅おまえ、今から来れるか?」

あたしの大嫌いな天敵が今から来る。
そう思うだけで、背筋が凍った。





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